『りゅうおうのおしごと(7)』ラノベキャラに年齢制限は無いと思わされる一冊です(ネタバレ含む感想)
本記事は将棋ラノベの名作である『りゅうおうのおしごと!』の魅力を、ネタバレ含む感想を交えて全力でオススメするレビュー記事となります。
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本作の概要
あらすじ(ストーリー)
7巻は主人公の九頭竜八一の物語でも、メインヒロインの雛鶴あいの物語でもありません。
いや、それは言い過ぎかもしれませんが少なくとも7巻の主人公を一人挙げるとして、それは九頭竜八一や雛鶴あい。それに夜叉神天衣や空銀子ですらありません。
間違いなく、7巻は清滝鋼介の物語なのだと思います。
まあ、長期間続いているライトノベルにおいては各巻でサブキャラがピックアップされて特定の巻の主人公のように描かれていることは少なくないので、ここまで大げさに紹介するほどのことではないのかもしれませんけど、さすがに50歳オーバーのキャラクターがライトノベルでここまで格好良くメインで描かれることは珍しいので強調してみました。
まして、『りゅうおうのおしごと!』はロリコンという単語が頻出するライトノベルです。
そんな中で清滝鋼介のようなおじさんの活躍をメインで描くとはなかなかに挑戦的な一冊だと思います。
清滝鋼介は八一の竜王防衛の祝賀祭で、八一が伝統的な戦法であり清滝鋼介も愛用する矢倉を馬鹿にするような発言をしたことをキッカケに、自分が届かなかったタイトルを持つ八一への嫉妬や振るわない成績の影響が根底にあったのか、大勢の前で八一に対してキレてしまいます。
清滝鋼介本人にしても、ひとたび冷静になれば後悔しかない言動だったようでしたが、名人挑戦者になって以降とどまることなく落ち続ける成績に苛立っていたのは間違いないようです。
AIを使う若手の研究にも着いていけず、気付けば自らが若い頃に「こうはなるまい」と考えていたようなプライドだけは高い老害のようになっていて、棋士室では奨励会員からも相手にされずに打ちのめされてしまっていました。
しかし、それで目が覚めた清滝鋼介はプライドを度外視し、奨励会員に頭を下げて教えお請い、劇的な復活を果たします。
その後、順位戦での八一と並ぶ若手強豪である神鍋歩夢との対局が、若い棋士たちの対局シーンとはまた違った魅力と熱さのある素晴らしいものになっています。
挑戦者であり、上の世代に挑んでいく側のキャラクターが主に描かれている『りゅうおうのおしごと!』ですが、下の世代に引きずり降ろされ、何とかしがみ付きながらも将棋を指す重鎮の苦悩がとても新鮮です。
ピックアップキャラクター
ライトノベルで活躍するキャラクターの大半は中高生。珍しいところでもっと年長者の場合もありますが、せいぜいが20代というところだと思います。
当然もっと年上のキャラクターだって登場しますが、その多くは目立った活躍をすることはありません。
そういう意味で『りゅうおうのおしごと!』の7巻における清滝鋼介の活躍は異質だったのではないかと思います。
清滝鋼介
(「りゅうおうのおしごと!(7巻)」より)
九頭竜八一や空銀子の師匠。清滝一門のトップで、関西将棋界の重鎮の一人でもあります。
今まで長く積み上げてきた将棋と現代将棋の違いに苛立ち、弟子の八一と竜王防衛の祝賀会という大切な場所で喧嘩してしまいます。
しかし、これには単なる弟子との喧嘩というだけではない意味があり、元名人挑戦者というプライドに反して振るわない成績への苛立ちが根幹にありました。
7巻では、そんな清滝鋼介の挫折と再出発が描かれています。
ネタバレ含む感想
清滝鋼介の苛立ち
名人になりたい
『りゅうおうのおしごと!』の7巻は、そんな簡素で、しかし思いの詰まった一言で始まり、そして終わります。
かつて幼い弟子の前で挑戦した名人に再び挑戦し、そしてなりたいという思いは、しかし清滝鋼介を苛立たせる原因にもなっているようでした。
次々と成果を上げる弟子への嫉妬。
振るわない自身の成績。
それらからくる焦りが苛立ちの原因で、しかもそれを竜王防衛の祝賀会という弟子の晴れ舞台で、祝われるべき弟子に対してぶつけてしまいます。
何で、あんなことを言ってしもうたんや・・。
しかし、八一への怒りはすぐさま後悔へと変わります。
誰にでも大なり小なり経験あるものだと思いますが、ふと感じた怒りを誰かにぶつけてしまい、早ければその怒りをぶつけている最中にでも始まる後悔ってありますよね。
こういう苦さはなかなかに後を引くものだと思いますが、清滝鋼介がもともと感じている衰えへの不安も相まって、順位戦の大事な対局では大ポカして敗北してしまいます。
大丈夫・・大丈夫やな
それに対局中の心理描写に、八一やあいなどの若い棋士のそれには無い特徴があるのが印象的でしたね。
竜王である八一ですら、自分の指す戦法に対して不安を抱えて将棋を指しているシーンは多数存在します。
しかし、それは自分の考え方に疑問を持っているだけでミスそのものを恐れているわけではないのだと思います。
一方で清滝鋼介の対局シーンでは、本当の意味でのミスを恐れている描写があるのが特徴的でした。
過去への栄光があるからこその現在への不満が苛立ちへと繋がっていく一連の流れが感情豊かに表現されている点は7巻の見所のひとつです。
若々しさ、解き放つ
解き放ちすぎだろ・・。 若さ以外にも・・色々と・・。
そして、そこから清滝鋼介が立ち直る・・というよりも開き直って開眼するまでの流れも素晴らしい。
清滝鋼介には相当世話になっているはずの奨励会員である鏡州飛馬にも、棋士室での真剣な勉強の場では相手にされず、気付かない内にかつて「こうはなりたくない」と思っていた老害のような存在に自分がなってしまっていたことに気付いた清滝鋼介。
そこから開き直ってプライドも押し殺し、頭を下げて奨励会員たちに教えを請うシーンには胸が熱くなります。
とりあえず革命は起こした
5巻では最強の名人を相手に竜王防衛を果たし、6巻では手が見えすぎて不調になりかけていたものの、7巻では絶好調の八一。
とりあえず革命は起こした
これは7巻で何度か繰り返される八一の印象的なセリフですが、革新的な新手を繰り出して連勝を続ける八一の、まだまだ先はあると思わせる格好良いセリフですよね。
「革命は起こした」ではなく「とりあえず」を頭に付けているあたりが憎いと思います。
俺もそこまでバカじゃないです。人間は機械じゃない。ソフトが使う戦法の全てを人間が完璧に指しこなせるなんて思ってません。ただ、現時点での俺の演算力を使えば、他のどのプロ棋士よりソフト発の戦法を上手に指しこなすことはできる。とは思ってます
AIが人間を超えた時代、その戦法を誰よりも上手に使えるということは自分が誰よりも強いと言っていることと同意。それが分かっていて、同門の身内相手とは言え発現するあたり自分に対して大きな手応えを感じていることが窺えますね。
しかし、将棋とは無関係の(ゲン担ぎという意味ではあながち無関係ではないのかもしれませんが)シーンでもあえて同じセリフを言わせているあたりが面白い。
それは・・
銀子ちゃんのコスプレ研究会
八一の竜王防衛、銀子の奨励会三段昇級の前に訪れた桜ノ宮のラブホテルにて、ジンクスやルーティンを重視するために行われている研究会。
その場でも八一は同じことを言います。
欲張りすぎか? いや! 姉弟子という素材があればギリギリ成立しているはず・・!! とりあえず革命は起こした
(「りゅうおうのおしごと!(7巻)」より)
簡単に言えば、こんな(↑)感じの研究会です。
そこで八一は新手どころではない革命を起こしました。(笑)
可愛らしい女の子が数多く登場する作品ですが、意外とここまで攻めたシーンは珍しいですよね。まあ、メインヒロインが小学生なので当然と言えば当然でしょうか。
クッ! は、恥ずかしすぎて・・頓死しちゃう・・!!
いや! いい!! これはイイですよッ!! もっと! もっと……こう! 指を丸めて猫っぽく!
銀子の普段のクールさとのギャップも相まって、テンションが上がりまくって少し壊れている二人が、可愛い以上に面白すぎますね。(笑)
あ、チョロい。 俺はそう思った。薄々気付いちゃいたんだが姉弟子は押しに弱い。基本的には壁がある感じなんだけど、その壁を強引に破ってしまえばあとは豆腐。
現役竜王で、しかも非常に調子が良い八一の深い読みに丸裸にされた銀子という構図・・なんていうと穿ちすぎかもしれませんが、将棋の勝負で敗北した銀子がコスプレしている形なのであながち的外れでもなさそうなのが面白い。
7巻は清滝鋼介がメインで活躍することもあってオッサン率高めなので、いつもよりサービスシーンを強烈にしたということなのかもしれませんね。
そういう意味では、『りゅうおうのおしごと!』における実質的なヒロイン層の小学生たちの活躍がほぼ皆無なのも特徴的だったような気がします。
いいの? 参加者の平均年齢が上がっちゃうけど
銀子のセリフを借りると、まさに平均年齢のかなり高い一冊と言えますね。(笑)
敗北と十四分の才能
何度も繰り返しますが7巻は清滝鋼介のためにある一冊だと思います。
とはいえ主人公の八一の活躍も目覚ましい。
主人公なだけあって登場する際には基本的に八一の視点になることが多いと思いますが、7巻には八一の視点ではない、周囲から見た九頭竜八一が語られることが多かったような印象があります。
竜王防衛以降、革新的な新手を武器に連勝を続ける八一のことが例えば神と呼ばれる名人のように常識外の将棋指しのように見られている感じが伝わってきました。
しかし、そんな中八一は手痛い敗北を経験します。
上げるだけ上げて落とされたような印象もある対局でしたが、それでも今後の八一のためには必要な対局だったような感じで描かれているのが良かったと思います。
八一にとっては自力での昇級への、蔵王達雄にとっては引退前の最後を飾る大事な一戦となります。
綺麗に介錯して差し上げたいが・・。
八一と蔵王達雄とのレーティングの差は500近いらしいです。
よくは知りませんが、このレーティングは恐らくプロ棋士のみを対象としたイロレーティングでしょうか?
だとしたら計算上の八一の勝率は約95%となり、実質ほぼ負けることはあり得ないほどの差となります。
レベルも競技も違いますが、僕も囲碁を打つ時にレーティングが500も下の相手に負けることはまずあり得えないので、八一の勝利を確信しているような様子にもかなり納得感があります。
また、将棋や囲碁をよく知らない人にはベテランの老棋士の方が風格もあり、実力も高いように見えるようですが、実際はスポーツと同じで年齢とともに衰えていくものです。
つまり、例えば八一と蔵王達雄の対局を野球に例えてみれば、20代で最高の成績を収めるトップ選手と40半ばまで現役で頑張ってきた偉大な選手だけど若い頃のようにはいかない選手とが対決しているようなものです。
しかし、蔵王達雄はここで八一を負かすのが自分の役割と言わんばかりの将棋を見せつけます。
すぐに投げるようなら見込みは無いと思っとった。わしもタイトルを獲った直後は負ける気がせんかった。他人の将棋を見ても『なんでこんな弱い将棋ばっか指すんやろ?』と思ったもんや。特に、年の行った先輩棋士にはな。せやけど絶対に負けんと思っとったベテランにコロリと負かされた・・わしだけやない。聖市もや
自身を含むかつての強豪がぶつかった壁。八一にとってのそれに自分自身がなるのだという執念が格好良いですよね。
わしは三分粘って投げた。聖市は七分。九頭竜八一は十四分か・・大器と呼ぶべきか、それとも単に投げっぷりが悪いだけか? この先も壁はいくらでもある。盤上でも盤外でもな。心が折れそうになることもあるやろ。その時は、今日の棋譜を見返しなさい。最後の最後まで苦しむことを止めなんだ十四分間が、お前の才能の証明や
決して諦めないこと。
それこそが才能であると『りゅうおうのおしごと!』では繰り返し語られています。それこそ八一が雛鶴あいに見出している才能もそれですよね。
調子が悪い時期もあったものの、最年少で竜王になった八一の才能がずば抜けていることは否定のしようがありませんが、そんな八一をあいてに大金星の勝利をあげることで才能を証明するというのが熱いと思います。
なるほど。人は壁を乗り越えて強くなるものですが、だからこそ大きな才能の壁になり得る人は少ないはずで、引退前に自らがその役割を果たすという考えは興味深いですね。
オッサン流
さて、7巻のハイライトはなんといっても清滝鋼介と神鍋歩夢の対局ですよね。
神鍋歩夢は八一のようにタイトルこそ持っていないものの、その挑戦者決定戦に登場したり、順位戦ではずっと無敗で八一よりもかなり先に行っていたり、そもそもレーティングでも八一よりも格上の若手の強豪です。
そこで清滝鋼介の見せた強さは、例えば若い人間の憧れるような強さとは別種のものではありますが、それでも大人の男の渋みの溢れた、泥臭い格好良さのある強さだったと思います。
そのつらさがわかる? そんなみじめな状態で将棋を指す苦しさや情けなさ・・あいちゃんや八一くんみたいに『勝って当たり前』な人達にわかるわけないわよね・・?
そんな大一番に、対局者以上に苦しんでいるようにも見える清滝桂香も印象的でしたが、若々しさを解き放った清滝鋼介は前向きな気持ちで対局に臨みました。
しかし・・
な、なんちゅう・・なんちゅうポカを・・ 桂馬にばかり気を取られて・・角の存在を忘れるとは・・!
神鍋歩夢を相手に良い勝負を繰り広げていたのに、どうやらプロ棋士なら普通はしないような大ポカをやらかしてしまったようです。
普通ならあきらめて投了するような絶望的な形勢。
しかしそこから清滝鋼介は怒涛の粘りを見せます。
それこそが・・オッサン流ッ!!
相手を惑わせる手を繰り出し、相手の緩手が出るまで徹底的に粘り続ける。
この泥臭さは決してスマートなものではありませんし、かつて名人挑戦者だったプライドのある清滝鋼介には耐えられるようなものではなかったかもしれませんが、この時の清滝鋼介は既にそのようなプライドを度外視しています。
考えてみれば、最初に竜王になった後に不調に陥った八一と状況が似ていますね。
八一の不調の原因は竜王らしい将棋を指そうとするあまり、自分らしさと棋譜を汚すような粘りが無くなってしまったことにあります。
そして、そこから立ち直るキッカケは雛鶴あいを弟子にしたことと・・
神鍋歩夢を相手に泥臭い粘り勝ちを収めたことでした。
清滝鋼介もそれと同じ相手、同じ展開で立ち直っていくのが良いと思います。