ヒカルの碁 鑑賞会 漫画編! 懐かしの漫画、書評シリーズ【その2】16巻
伊角さんファン必見の16巻です!(前巻の書評はこちら)
前巻ではとうとう佐為が消え、失意のヒカルの行く末が気になる所ですが、その前にヒカル復活のキッカケになる伊角さんの中国修行編のエピソードが挿入されます。
実力だけならいつプロになってもおかしくないのに精神的な弱さが目立つ伊角さんが、中国での修行を通して一皮むけていく姿に注目ですね。
本作の概要
ヒカルが佐為を探しているその頃、プロ試験に落ちて院生も辞めてしまった伊角さんが中国へ勉強しに行っていることが明らかになりました。
プロ試験に向け、中国棋院の厳しくも勉強するには恵まれた環境の中、着実に実力を伸ばす伊角さん。
大きな自信を得て帰国した後、昨年度のプロ試験で反則負けという苦い負け方をしてしまったヒカルの元へ向かいます。
プロ試験に向けてその苦い経験を払拭したい伊角さんと、佐為のために自分が囲碁を打ちたくないと思っているものの、伊角さんのために対局に応じるヒカル。
図らずも囲碁から距離を置こうとしているヒカルと対局することになった伊角さん。果たしてヒカルを囲碁の世界に引き戻すキッカケになれるかに注目ですね!
本作の見所
中国棋院で勉強する伊角さん
『ヒカルの碁』の連載当時と言えば、伝説の棋士である李昌鎬先生がまだまだ世界のトップに立っていて、李世ドル先生が台頭し始めてきていた時代。
つまり、囲碁における世界のトップと言えば韓国であるといった時代でしたが、中国も日本から見れば十分格上。勝手なイメージですが競争の激しさは世界一の印象があります。
そんな中国棋院の厳しい環境の中に身を置き、伊角さんはプロ試験に臨むべく勉強していくことになります。
「ただ自信を失って終わるだけになったりしたら━━」
「ここで自信を失わず逆に自信をつけられれば」
最初、伊角さんは中国棋院の若い棋士たちのレベルの高さに圧倒されてしまいますが、その厳しい環境で修行することを決意します。
精神面に難ありの伊角さんには良い修行の場だったのかと思われますし、そういった面でアドバイスをしてくれる人も現れました。
「いら立ち、あせり、不安、力み、緊張、プレッシャー・・。つきまとう感情に振り回されるなっ。キミにとって一番大切なことだ。石だけを見ろっ。これは自覚と訓練でできるっ。元々の性格なんて関係ない習得できる技術さ。こんなもん」
楊海さんの伊角さんに対するアドバイス。
感情のコントロールが「習得できる技術」であるという伊角さんにとっては目から鱗の助言に、伊角さんは中国での経験をより良いものへと昇華させていくことができたようです。
囲碁から離れたいけど離れきれないヒカル
一方、佐為に戻ってきて欲しいヒカルですが、和谷の説得に心が揺さぶられたり、囲碁部の大会の様子を見に来てしまったり、どうにも離れきれない様子です。
「打たねェんだからオレは。佐為。見るだけだから」
誰にともなく言い訳するヒカルが切なすぎます。
ヒカルが打たなくなったら佐為が消え損だということに、ヒカルが打たなくなるようなことを佐為が望んではいないだろうことに、ヒカルはまだ思い至れないようですね。
ちなみに、せっかくプロ棋士になったのに様子がおかしいヒカルに慌てふためくお母さんがちょっと可哀想だと思いました。そりゃあ心配だわ。
待っているアキラ
ヒカルのことを歯牙にもかけていなかったのに、徐々にヒカルの追いかけてくる足音に気付き、そしてヒカルがいなくなったら気になってしょうがなくなるアキラ。
何コレ?
結果的にとは言え、押してダメなら引いてみろ理論が成立しているような形なのでしょうか?
「進藤来い!! ボクはここにいる!」
しかし、考えてみればこの時点でアキラの見ているヒカルの8割近くは佐為のはずです。
ヒカルの中に強く佐為を感じている人間ほど、今のヒカルにとっては接するのがツライのではないかと思われ、アキラがどんなに望もうとも今のままではヒカルがアキラの前に現れることは無さそうですね。
ヒカルvs伊角さん
ヒカルを心配してではない。
自分のためにヒカルに打ってほしいのだと言う伊角さんに、さすがのヒカルも断り切れませんでした。
「伊角さんのためなんだよこれは。オレが打ちたいわけじゃないから」
「ワクワクしちゃいけない!」
あくまでも伊角さんのために打っているのだと言い聞かせながら対局するヒカルですが、ヒカルがプロになってしまうほどの囲碁好きになっていることには違いありません。
打っている内に徐々に熱がこもってきます。
これは囲碁が好きな人ならわかると思いますが、何かしらの理由で囲碁を打ってはいけないと制限された所で、ひとたび打ち始めた後にこれを楽しむなというのは無理な相談です。
そして、対局が進むにつれてヒカルは気付きます。
「いた・・どこをさがしてもいなかった佐為が・・こんな所にいた」
自分の打つ碁の中に佐為が残っている。ずっと一緒にいたからこそ、ヒカルの碁の中には佐為の面影が残っていたのです。
というか、このことに佐為の方はずっと前から気付いていました。
ヒカルの碁の中に佐為の碁を残したこと。それが千年を永らえた佐為の役割であると佐為自身が塔矢行洋との対局の後に察していましたね。それ以前から感じていた佐為の不安も、徐々にそのことに気付き始めていたからなのだと思われます。
そして、佐為がいなくなったということは、佐為は役割を果たし終えたということに他ならず、だとすればヒカルの碁の中には確実に佐為がいるはずなのです。
そのことにヒカルは伊角さんという実力者と対局することによってはじめて気付いたのですね。
本作の棋譜 教えてLeelaZero先生!
今回は伊角さんと楽平の対局の棋譜を紹介したいと思います。
元ネタは初の海外の棋譜で、馬暁春9段(黒)と曹大元9段(白)による25年ほど前の中国の名人戦の棋譜となります。
中国で修業中の伊角さんの棋譜の元ネタだから中国の棋譜が使われているということだと思いますが、こういう細かい所までこだわっているのは『ヒカルの碁』の一番良い所ですよね。
ちなみに、今回この元ネタの棋譜を見て気付きましたが、今まで紹介した棋譜の中では一番難解かもしれません。特に中盤の中央の競り合いは僕には理解不能でした。
(図1)
序盤は比較的おとなしい展開。
白番の二手目の三々とか下辺のカタツキは、別にこの対局が行われた当時であっても珍しいとまでは言えない手かと思われますが、現在見ると囲碁AIの影響を受けたような手に見えるから不思議です。
左下の位が低く、右辺から下辺にかけての位が高い。一方で位の低い打ち方をすれば、一方で位の高い打ち方をするのも囲碁AIっぽいですね。
しかし、このカタツキの場面でLeelaZero先生が示す候補手は上辺の白を固めるような手で、ゆっくりとした打ち方を好むような人が打ちそうな手です。
囲碁AIが猛威を振るう前の時代の人間が囲碁AIっぽい手を打っていて、囲碁AIが人間ぽい手を選んでいるようなこともあるんだと興味深く感じた盤面です。
(図2)
右下の黒が中央にハネ出していき、白がキリをいれた盤面。
双方に空き三角ができて形が悪いですが、力強い読みの入った手という印象も受けますね。
特に、黒の方は他にも打つ手の選択肢があったはずですが、恐らく中央で競り合いが起きた時にダメが詰まっていた方が良いという判断でしょうか?
こういう形が悪くも力強い読みの入った手は、中国の棋士の棋譜でよく見かける印象がありますが、本局もそういう感じがしますね。
ちなみに、この黒番を伊角さんに当てはめているのが面白い所。伊角さんの棋風について作中であまり言及されていませんが、どちらかと言えば筋の良い打ち方をしそうな印象があります。
今回使われている棋譜とは正直イメージが一致していませんが、こういう力強い打ち方をしている棋譜を使って、伊角さんの成長を表現しようとしているのではないかと思いました。
(図3)
中央で訳の分からない競り合いが起きつつあります。
黒がまた自ら空き三角を作っていますね。普通なら空き三角を打ったところの右上が目につきますが、黒白お互いに危険な競り合いが続いている盤面。何かしらの意図がある手なのかと思われますが、僕には意図がわかりません・・
ですが、お互い難しい所ではあるものの、個人的には完全に白持ちです。
黒のこの後の構想は全く掴めませんが、白の方が目指すべき姿がわかりやすいように感じるからです。
(図4)
図3から少し進んだ盤面。
ある程度形が決まってきたものの、まだまだ中央の競り合いの結果がどうなるのか油断ならない状況ですね。ですが、やはり白の方が打ちやすそうな印象は変わりません。
実際、LeelaZero先生の形勢も徐々に白に傾いていきます。
とはいえ、ちょっとした判断ミスで一瞬でどちらにでも形勢が傾きうる緊張感のある対局です。
これがアマチュア低段者同士の対局ならどちらかがツブれて一気に勝敗が決まりそうなものですが、これが僅差の作り碁になるのだからプロの力は流石ですよね。
ちなみに、LeelaZero先生の評価では終局の少し前まで白の優勢で進んで、黒の逆転勝ちとなりました。
総括
いかがでしたでしょうか?
自分の対局の中に佐為を見つけることのできたヒカル。この後どういう答えを出していくのかが楽しみですね。
いよいよ、第一部ともいえるヒカルと佐為の物語のクライマックスが見えてきました!
(次巻の書評はこちら)