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『8畳カーニバル(1)』近代的な青春を描いた漫画の感想(ネタバレ注意)

 

YouTuberという職業が一般的・・とまでは言わないまでも世間的に職業として認知されて久しい現代社会ですが、日本国内に限ると一時期はYouTubeと同等以上に動画配信サービスを流行らせたニコニコ動画を忘れてはいけません。

今でこそYouTubeに後れを取っていて、ニコニコ動画出身の動画投稿者がいつの間にかYouTuberに転身していることも珍しくありませんが、投稿者からの一方的な発信であった動画を、視聴者とのコミュニケーションのツールへと変化させたニコニコ動画の功績は忘れてはいけません。

当たり前ですが、動画の主役は動画であることは言うまでもありません。

しかし、その主役であるはずの動画に被せるように視聴者のコメントを表示させるという斬新な発想から生まれた投稿者と視聴者のコミュニケーションという文化の下地が無ければ、今ほどYouTuberという職業は定着しなかったのではないかと思います。

動画が一方的な発信のままならそれはテレビと同じですし、個人の発信が組織的なテレビに敵うはずもありませんしね。

前置きが長くなりましたが、8畳カーニバルはそんな動画配信サービスを、もっと具体的に言えばニコニコ動画をテーマに据えた漫画作品となります。

ニコニコ動画では、「〇〇してみた」という投稿者が何かをしてみた動画が今でもランキングを席巻しています。その内のひとつである「踊ってみた」が8畳カーニバルという作品の骨子なのですね。

「踊ってみた」動画の投稿者は色々な場所で踊っているものですが、少しでも「踊ってみた」動画に興味を持ったことがある人であれば、狭い部屋の中で踊っている動画を見たことがある人も多いのではないでしょうか?

8畳カーニバルというタイトルは、そんな狭い部屋の中から発信される踊りを指しているわけですね。

既に完結している作品ですが、投稿者と視聴者という近代的な人間関係が描かれていく所が面白い作品となります。

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本作の概要

学校では存在感の無い空気のような存在・・率直に言ってボッチであった花澤緑多は、クラスメイトの瑞野しおが落としたペンケースを渡すために追いかけて、見失ったその先で「踊ってみた」の人気踊り手であるすまいる☆に出会います。

この出会いは花澤緑多にとってすまいる☆との出会いであると同時に、「踊ってみた」というインターネット上の新たな文化との出会いでもありました。

しかし、そんな世界に花澤緑多を引き込んだすまいる☆の突然の引退騒動に納得のできない花澤緑多によって配信された8畳一間の舞踏会が、徐々に視聴者を惹きつけていきます。

本作の見所

ボッチな主人公

どの学校にも1人や2人いる「空気」みたいな存在感の無いヤツ。

そんな文句で紹介されたのが8畳カーニバルの主人公である花澤緑多となります。

ボッチな奴はどこにでもいるものです。

人当たりが良い人気者だけど誰からも少し距離を置かれた人。

あまりにも個性的で他人から距離を置かれた人。

ただただ1人でいるのが好きな一匹狼。

しかし、花澤緑多はそのどれでもなくて、ただただ空気のように存在感が無いようタイプの人間です。

漫画的に言えば、いや漫画なんですけど、いわゆるモブっぽいタイプのキャラクターですね。少なくとも、一昔前の漫画なら主人公ってタイプではないのではないでしょうか?

とはいえ、そこはインターネット上の情報発信という近代的なものをテーマにしている作品。YouTubeにしてもニコニコ動画にしても、日常的にどんな立ち位置の人間だったとして、日常とは違った場所を見つけられるのが魅力でしょうし、そういった世の中においては主人公に足り得るというのが面白いところ。

インターネットの無かった時代の大人は外で遊ぶことの少なくなった現代の子供を可哀そうだと思ったり、逆に恵まれていると感じたり、人によって考えは様々だと思いますが、個人的にはインターネットの世界は本当に多様的で、どのような個性も受け入れられる下地があるように感じられるので、可能性という意味では過去の比ではないのではないかと思います。

そして、この8畳カーニバルという漫画はそんな可能性に触れた漫画なのではないかと思います。

「踊ってみた」と引退騒動

さて、そんな主人公の花澤緑多が出会ったのはすまいる☆という「踊ってみた」の踊り手でした。

公園での撮影現場を目撃するのですが、何をやっているのか知らない人が見たらマスクしながら可愛らしい衣装で踊っている怪しい人ですよね。(笑)

そして、知らない人であるはずの花澤緑多でしたがすまいる☆の踊りには目を奪われてしまいました。

未知と怪しさはニアリーイコールなものですし、花澤緑多にとってのすまいる☆は怪しさ以上に興味の対象だったのではないかと思います。

「自分が変われないんならさ! 世界を変えればいいじゃない! 現実が苦しいなら、住む世界を変えて自分が生きられる場所を探すのよ」

空気のような人生を送ってきた花澤緑多にとってすまいる☆はとても輝いて見えて、だからこそ次の人生ではそんな風に生まれ変わりたいと考えてしまいます。

しかし、すまいる☆・・の中の人(この時点で花澤緑多は知りませんが)である瑞野しおから恐らく花澤緑多にとっては目から鱗の言葉を得られます。

自分を変えるのではなく世界を変えるとは大げさな表現ですが、実際にインターネットの情報の海の中には無数の世界が広がっているわけで、そこには独自の世界観を作り上げている人たちが確かに存在します。

知らない人は知らないようなコアな世界ばかりですが、そんな世界に身を置くことは確かに「世界を変える」のと似ているかもしれませんね。

最近は異世界転生ものの作品がとても多いですが、さしずめすまいる☆は花澤緑多にとって異世界へと誘う女神様だったのかもしれません。(笑)

そういうわけで花澤緑多は踊りに興味を持つようになるのですが・・

なんとすまいる☆は自身の振り付けが盗作であったことを告白する動画を最後に姿を消してしまい、それを鵜呑みにしたファンは次々と離れていってしまいました。

8畳一間の舞踏会

そして、そのことに納得ができない花澤緑多は、空気と呼ばれていたボッチとは思えないほど大胆な行動に出ます。

「は・・はじめまして・・て。H・N・・ええと・・く・・「空気圧ヒナタ」と・・いいます・・」

それはすまいる☆に想いを伝えるためのニコニコ動画の生放送。

すまいる☆の振り付けた踊りをぶっ続けで踊り続けるという放送は最初、誰も視聴者がいませんでした。

しかし、あまりにも長時間消えたはずのすまいる☆のタグを付けた放送を続けていたことで徐々に興味を持った視聴者が現れます。

とはいえ最初は、炎上に便乗した色物として好意的に捉えられていませんでした。

花澤緑多の踊り自体もド素人のそれでしたし、まあ現実に似たようなことがあったとしても視聴者の反応は作中で描かれているようなものからそう遠いものではなかったのではないかと思います。

しかし、ダンスなんてかなり強度の高い有酸素運動のはずですし、慣れてる人だと違うのかもしれませんがハッキリ言って持久走なんかよりも疲れます。

それを何時間もぶっ倒れるまで・・いや、ぶっ倒れてでも続ける花澤緑多に徐々に視聴者の反応は好意的になっていきます。

こういう熱意ある行動の熱意が、最初はわかってもらえないけど伝わっていく感じが素晴らしいですね。

何より、花澤緑多にとってはその熱意を不特定多数に伝えるつもりなどなかったはずで、だからこそ最初は誰も見ていない中踊り続けていたわけなのでしょうけど、最後には花澤緑多が想いを伝えたかったすまいる☆にも届きました。

なんというか、正直に言って花澤緑多の行動に意味を見出すことは難しいのではないかと思います。

しかし、その無意味な行動の中にある熱意だからこそ、それが伝わった時により熱さを感じることもあるのではないかと思いました。

総括

いかがでしたでしょうか?

本ブログでは数々の漫画、ラノベ、映画のレビューを書いてきていますが、その多くは新作か極端に懐かしい作品のいずれかで、そういう意味で8畳カーニバルのレビュー記事は「何で今?」という感じが拭えません。

それには8畳カーニバルが本ブログ開設前の作品だったからという事情もありますが、時期を外していてでもオススメしたいくらいの良作だと僕が思っているからというのもあります。

僕は8畳カーニバルの作者であるよしづきくみち先生の作品全般のファンなのですが、その特徴としては何だか切なかったり哀しかったりする話も多いけど読後感は清々しいですし、胸が熱くなるような展開も多いところにあります。

また、登場人物の感情がとても伝わってきやすい独特な絵柄も魅力的だと思います。ちょっとした仕草や表情の変化を描き分ける上手さがずば抜けているように感じています。

それに強烈な個性というか、癖のある絵柄というわけではありませんが、見たらよしづきくみち先生の描いた絵だとすぐに分かります。

そういうわけで、作品のファンになることはあっても作者のファンになることは極端に少ない僕が好きな作家先生の作品を、本ブログでもいくつか紹介してみたいと思ったわけなのですが、それで手始めに直近で完結している作品8畳カーニバルをオススメしてみようとしてみたわけです。

よしづきくみち先生の作品、他の作品もとても面白いので興味がおありでしたら読んでみてください。

あっ、よしづきくみち先生が作画担当だけしている作品もありますが、絵柄そのものが作品の内容を引き立てているので、それはそれで面白いですよ!