『りゅうおうのおしごと(12)』かつてないほど人生が描かれているラノベの感想(ネタバレ注意)
本記事は将棋ラノベの名作である『りゅうおうのおしごと!』の魅力を、ネタバレ含む感想を交えて全力でオススメするレビュー記事となります。
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本作の概要
あらすじ(ストーリー)
奨励会編が佳境なので11巻から引き続きメインヒロインである竜王の弟子たちの出番は少なく、表紙からお察しの通り空銀子にかなりのスポットが当たった内容になっています。
とはいえ、描かれているのは表紙の初々しいバカップルっぽいエピソードではなく、最後まで気の抜けない奨励会編のクライマックスとなります。
そういうわけで空銀子一色に染まった内容というよりは、むしろ三段リーグでしのぎを削って戦う空銀子の対戦相手達を深く掘り下げていった内容という印象ですね。
即ちメインキャラクター以外にスポットが当たっているシーンが多めなのですが、それでも退屈するような部分は一切なくて、むしろメインキャラクターに頼らずともここまで高クオリティの作品になっているのはさすがの一言です。
あとの無い年長者である鏡州飛馬。
盤外戦術に長けているけど実は・・な辛香将司。
空銀子に負けて自身の才能に疑問を持つ椚創多。
そして将棋の星の王子様に追い付きたい空銀子。
読んでいて、最後にはその誰もに昇段してほしいと思わされるほど感情移入させられますが、そういうわけにもいかない厳しい勝負の世界が描かれています。
しかし、散々波乱を起こしまくる展開になっているのに、その結果に後味の悪い部分が無いのが素晴らしいですね。
また、見所は奨励会編だけではありません。
その裏(というか本来的にはこちらが表なのでしょうけど)では九頭竜八一が二冠を賭けて於鬼頭曜帝位に挑んでいて、主人公としての存在感を遺憾なく発揮しています。
また、あとがき後の感想戦では以前より伏線の貼られていた「九頭竜八一が関東でなんと呼ばれているのか?」という答えが出てきます。
そして、将棋だけではなく恋愛面での勝負(?)にも進展があります。
八一と銀子の関係性は随分と順調のようですが、そのことを一番弟子に伝えられずにいる八一。
そのことを察している様子ではあるものの同時に避けている節のある雛鶴あい。
そういうわけで12巻でのメインヒロインさんは大人しかったですが、代わりに二番弟子の夜叉神天衣が強制封じ手を敢行します。(笑)
小さなヒロインたちに巻き返しはあるのか?
その辺も今後の見所のひとつになってくるかもしれませんね。
ピックアップキャラクター
空銀子一色だった11巻とは打って変わって、12巻では非常に数多くのキャラクターにスポットが当てられています。
これまでの奨励会編の対局では、どうしてもメインキャラクターの一人である空銀子に感情移入してしまいがちでしたが、人生を賭けて戦う奨励会の三段リーグ編のクライマックスにふさわしく他のキャラクターの視点でも深堀りして描かれていることで、12巻ではどのキャラクターにも感情移入できてしまいました。
なので、12巻のレビューではここで特定のキャラクターをピックアップしたりはしませんが、要はそれだけ濃密に脇役すらも描かれているということであって、それがこの1冊の最大の魅力なのではないかとも思います。
それにしても、雛鶴あいのような子供がメインヒロインだったり、時には清滝鋼介のようなおじさんがメインを張ったり、そして12巻のように多種多様なキャラクターが活躍したり・・
それでいて全く違和感なく『りゅうおうのおしごと!』らしさを崩さない作品。
将棋というゲームがそれだけ多くの人に愛されるものだからこそ、それに触れるキャラクターを選ばないということなのかもしれませんね。
ネタバレ含む感想
封じ手の練習がしたい
「誰か! 誰か早くあのバカを止めてっ!」
帝位への挑戦を決めた八一へのインタビューを配信で見ていた銀子が青ざめながら発したセリフですが、なんだか『りゅうおうのおしごと!』という作品の中においては・・というか八一と銀子の間においては、封じ手という言葉が二つの意味を持つようになってしまいましたね。
前回の封じ手は緊張しすぎて、味わう余裕が全くありませんでしたから
はて、八一が味わう余裕が無かったのは名人との竜王戦のことでしょうか?
まだまだ経験値が足りません! もっともっともっと封じ手をしたいです!
はい。明らかに違いますね。(笑)
幸いにも八一が何を言っているのかは銀子にしか分からないハズなので問題がないといえばないわけなのですが、画面越しに焦る銀子が可愛らしいシーンでしたね。
というか、わざとなんじゃないかとすら思ってしまいます。(笑)
とまあ、本作品では意外と珍しい11巻でのラブコメの続きも12巻では見られますが、実際に真面目な意味で封じ手がポイントとなる展開になっているのが面白いです。
ええ。一晩考えられるアドバンテージは大きすぎます。敢えてやるなら一日目は定跡部分で止めるしかないでしょうね……
帝位戦の1局目は、二日目が始まって僅か15手で終わってしまいます。
そして、その理由は八一が封じ手した後の一晩を使って局面を読み切ったからなのですが、本当にそれが可能なら確かに封じ手というシステムの使い方は勝敗に直結してきます。
まあ、それが勝敗に直結するほどの実力者であればという前提は当然あるのでしょうけど。
それにしても、八一が最後に読みを入れる瞬間が、さながら雛鶴あいが終盤力を発揮する時の姿に重なるのも良かったですね。
そんな感じで5巻の名人戦以降、努力や苦労を重ねつつも常に強くなっていっている印象のある八一ですが、そんな八一が関東の棋士から恐れを込めて何とか呼ばれているらしいことが以前から伏線として貼られていましたが、それが12巻の感想戦で明らかになります。
それは、西の魔王。
少し安直な気もしますが、名人が神なので竜王が魔王というのは発想としては面白いですね。それに、こういうのは安直な方が分かりやすくて良い意味もありそうです。
もし、あいつの視点で書かれた物語なんてものがあったら、それはきっと……どんな壁でも努力で越えられるとかいう、さぞ希望に満ち溢れたお話なんでしょうね。でも書いてる本人は気付いてないんだ。一番高い壁が自分自身だってことに。最高の喜劇ですよ。最高に残酷な
これは、まさに『りゅうおうのおしごと!』という作品そのものを示したセリフなのだと思いますが、なるほど本作品には九頭竜八一を主人公とした視点とは別に、九頭竜八一をラスボスとした作品の一面もあるのだと言っているような気もしますね。
例えば、空銀子はまさしく八一に追い付こうとしているのが動機のキャラクターの筆頭ですし、もしかしたら作者の白鳥先生は『りゅうおうのおしごと!』のクライマックスを他のメインキャラクターの誰かによる九頭竜八一への勝利にしようとしているのかもしれないと僕は推測します。
三段リーグの終盤戦
この辺、あまりにも多くが描かれていて見所が多すぎるので、各キャラクターについて一言ずつコメントしていきたいと思います。
空銀子
11巻で立ち直りはしたものの、既に喫した黒星が消えるわけではないので常にギリギリの戦い強いられることになります。
やはり勝った方がプロとなる最終戦。しかも相手はずっとお世話になっている鏡州飛馬という戦う前から精神的にツライ相手の対局が見所となります。
完治しているとはいえ不安は拭えない心臓を抱えて、それをも自分自身で叱咤しながら戦う姿が熱いです。
最後の決め手に雛鶴あいから出された詰将棋の問題が役立つという奇跡的な展開も素敵ですが、そういえば何だか12巻では空銀子と雛鶴あいの絡みがかなり多かったですよね。
もともと相性の良くないキャラクター同士が良好になっていく展開が個人的には好きなので、この二人の関係性がどうなっていくのかって個人的にはかなり気になるポイントだったりします。
それにしても、空銀子の対局シーンは二面的なところがあって興味深いです。
女流棋戦に絶対王者として君臨する風格のある姿と、歯を食いしばって将棋星人に追い付こうとする挑戦者としての姿。
本作品の序盤では前者の姿が主に描かれていたので、この奨励会編では空銀子というキャラクターへの印象が随分と変わったような気がします。
あと、本編では三段リーグに臨む凛々しい姿が主に描かれていて、11巻のラブコメの続きは控えめな印象でしたが、限定版の小冊子がそんな不足を補う内容になっているので、空銀子ファンなら限定版の方をオススメします。
椚創多
天才とは何故天才なのか?
そんなことを12巻の椚創多からは考えさせられますよね。
空銀子や辛香将司は天才ではありませんが、天才であるはずの椚創多はその二人に敗れてしまっています。
自分は本当にまだ天才なのかと悩む姿も見られたり、いくら将棋が強くてもまだ小学生なのだろうと思わされるメンタルの弱さが露呈してきます。
もともと才能の無い相手にはハッキリそう言って挑発する小生意気なキャラクターでしたが、どうやらそんな態度には天才である自分に本気になってくれない相手を本気にさせたい意図があったらしいことが分かったり、そこそこ古株のキャラクターのわりに実はその内面まであまり触れられていなかったのだということがこの12巻で分かりました。
鏡州飛馬との対局では勝利してしまうことすら躊躇ってしまったり、新たな一面が見えたりして良い意味で印象の変わったキャラクターだと思います。
また、以前から何故かやたらと八一に懐いていた理由も明らかになっています。
坂梨澄人
女性の奨励会三段に初めて負けた奨励会三段になってしまい、それを引きずって連敗をしていたキャラクターです。三段リーグの序盤で人目もはばからず泣いている姿が描かれていたのが印象的で、まさか3人目の昇段者になるとは思いませんでした。
最初に連敗したことで他の奨励会三段からの警戒が薄れ、精神的にも開き直ったのか連勝を続けたことが結果に繋がったわけですが、本人も自分が合格したことを知らず奨励会を去ろうとしているところに昇段の連絡があったとしても、ちょっと想像しにくい感情になってしまいそうですよね。
鏡州飛馬
椚創多が空銀子に敗れて以降ずっとトップを保ってきたにも関わらず、最後は椚創多と空銀子に連敗して昇段には至りませんでした。
・・と、これだけ書くと単なる敗北者でしかありませんが、椚創多と同じくこちらも随分と好感度を上げてきたキャラクターなのではないかと思います。
特に、椚創多との対局のラストは良かったですね。
周囲の誰もが鏡州飛馬の勝ちで、椚創多が投了を躊躇っていると認識していたシーンで、ただ一人実は椚創多が躊躇っているのは投了ではなく、詰みがあるのにそれが鏡州飛馬の首を斬ることに繋がると感じて躊躇っているのだと気付いて、それを指すように促したシーンは素敵でしたね。
椚創多も鏡州飛馬も本作品においては名前のある脇役くらいのキャラクターですが、このシーンにおいては完全に主人公になっていました。
清滝鋼介が鏡州飛馬に託したネクタイ。それを鏡州飛馬の意思を継いでプロ棋士になると宣言した椚創多に託していく展開も良かったと思います。
辛香将司
番外戦術ばかりであまり良い印象のないキャラクターでしたが、こちらも意外な過去が明らかになって随分と印象が変わってきました。
というか、空銀子は当初から辛香将司のことを相当苦手に感じている様子でしたが、それが苦手でなくなった理由が素敵すぎる。
なぜか空銀子の病気のことを知っていて、しかも明石先生からリークされたわけでもないらく、本当に完治しているのかと脅してくる自分の二倍以上の年齢の中年男性。
言葉にすると女子高生からしたら怖すぎるキャラクターですが、考えてみれば明石先生の同期なのだから単に昔から空銀子のことを知っていた可能性はあったわけですね。
実は、空銀子こそが辛香将司が一度やめた将棋の世界に戻ってきた理由だったりするのです。
辛香将司は病院で子供たちに将棋を教えていて、その中に幼い空銀子もいたようなのですが、そんな辛香将司を慕って将棋を指す子供たちは次々と亡くなっていってしまいます。
そのことをツラいと感じていた辛香将司は、しかし空銀子のように元気に今でも将棋を指している姿を見て再び再起する決心をしたわけなのですね。
そんな背景を知ると、不気味で悪質に見えたキャラクターが一気に違うものに見えてくるから不思議です。
また、何かと悪ぶった言動の中に実は空銀子への気遣いが含まれていたというのも衝撃です。
しかし、その悪意のない本質を空銀子に知られてしまったことで敗北してしまったのは少々皮肉かもしれませんね。
私は強くなった。もう『かわいそう』な私じゃない。だから──」 銀子は辛香を睨みつけると、吠えた。全身から闘志を剝き出しにして。「だから! つべこべ言わずに本気でかかってこいッ!! 辛香ッッ!!
対局中の空銀子と辛香将司の会話は、とても温かい気持ちになれる素敵なものだったと思います。
空銀子の感謝
前述しましたが12巻では空銀子と雛鶴あいの絡みが今までより少し多めです。いや、メインキャラクター同士にしては今までが少なすぎたのかもしれませんけど。
小童と見くびるようなことを言ってはいても、どうやらしっかり八一と同じ将棋星人の枠に雛鶴あいを入れているらしいことが12巻では分かります。
将棋星人の中でも破格の翼(さいのう)を持つあいつら
鏡州飛馬との対局の中で、なかなか打開できない局面を前に考える「あいつら」とは、どうやら八一と椚創多と雛鶴あいのことのようです。
真っ直ぐ伸びて行きなさい。私には必要ない長手数の詰将棋だって、あんたには必要なものなのかもしれない。私では吸収しきれない八一の発想も、あんたなら吸収できるかもしれない。生まれた時から将棋の星にいる、あんたなら
この辺の雛鶴あいとの会話の背景には辛香将司の番外戦術に不安になっているところもあるのだと思いますが、それだけに雛鶴あいに対する本音でもあるのだと思います。
強くなった雛鶴あいと、もう一度…………盤を挟んでみたかったわ
そして、空銀子と雛鶴あいのカードは今後読んでみたいカードの筆頭でもありますよね。
ともかく、この時に雛鶴あいから渡された詰将棋が空銀子の四段昇段を決める最後の決め手になるという奇跡があまりにも素敵すぎます。
小童にお礼、言わなきゃ……
もちろん、確かに雛鶴あいは負けず嫌いを発揮して空銀子に詰将棋を渡しただけのことでしたが、それでもそれが起こした奇跡であることには違いありません。
雛鶴あい以外にも、月夜見坂燎に女流棋士室を使わせてもらったことに感謝の言葉を示したり、ある意味では今までの空銀子っぽくないセリフも12巻には多いです。
どちらかといえば、本当は感謝をしていたとしても照れ隠しにツンとした態度をしてしまうタイプのキャラクターですからね。
逆に言えば、この三段リーグを乗り切ったということは、そんな照れを遥かに凌駕するくらいの喜びがあるということの裏返しなのではないかと感じました。
俗っぽい言葉を使えば空銀子が色々なキャラクターに対してデレたということなのかもしれませんけど、その状況が最高すぎると思います。