あるいは 迷った 困った

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『汝、隣人を×せよ。(3)』自分も誰かに恨まれてるんじゃないかって不安になる漫画の感想(ネタバレ注意)

 

相変わらず興味深さという点で抜けている汝、隣人を×せよ。という漫画。

2巻のレビュー記事にも書きましたが、1巻の時点で凄く面白い漫画だと思ったものの、そこで得られた驚きが長く継続する可能性は低いとも感じていました。

それは人が人が生きる上での障害となって殺益申請する理由にそれほど多くのバリエーションがあるとは思えなかったし、あったとしてもなかなか共感を呼ぶものではないであろうと思っていたからです。

殺益申請できる条件が単純な「恨み」ではなく「今後の安らかな人生において重大な障害になる」であることも、さすがにそんな障害になる人ってそうそういないだろうという風にも感じていました。

この二つはニアリーイコールではあってもイコールではありませんからね。

だから汝、隣人を×せよ。という作品は長く続けるほどにマンネリ化していくんだろうなぁ・・

・・と、そう思っていたのですが、正直な感想3巻は1~2巻以上に面白いと思いました。

どのエピソードも真新しく感じられ、新鮮な気持ちで読むことができます。まあ、内容は暗めなので新鮮な気持ちで読むというのも微妙なのかもしれませんけど、そこは娯楽作品なのでご愛嬌ということで。(笑)

しかし、これは考えてみればもしも一生一殺法という法律が本当にあったら、「今後の安らかな人生において重大な障害になる」ようなバリエーションが想像以上に多いということになります。

しかもこの条件に自分が当てはまっているか否かを自覚することは恐らく、極めて困難なことなのだと思われます。

作中の殺益申請されてしまう人の中には「何で自分が大丈夫だと思った」と思わずツッコミたくなるような人物もいますが、中には本当に疑問に思いながら殺益を執行されていった人物もいると思います。

何がある人にとって「今後の安らかな人生において重大な障害になる」のかは、正直なかなか分からないもので、法律的・倫理的には何ら問題のない言動でも殺益申請受理の条件に当てはまってしまう可能性があるのは怖いですね。

自分自身が誰かにとって「今後の安らかな人生において重大な障害になる」ような存在ではないことを確信をもって言えるような、そんな人物で自分はありたいと思わされる漫画です。

まあ、作中ではそういう変な自信を持っている人はだいたい殺益申請されてしまうパターンだと思いますけど。(笑)

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本作の概要

自殺者の親族による殺益申請のエピソード二編から3巻は始まります。実際問題、どんな原因があったところで自殺による死って強制されるものではなく能動的なものなので、その責任がどこにあるのかは難しいところ。

少なくとも法的な責任を問われるケースは稀なはずで、だからこそ一生一殺法との相性は良いのかもしれません。

また、服役中の囚人による殺益申請と、その囚人に対する殺益申請という交差も興味深いところです。

本作の見所

ブラック企業の犠牲者

ブラック企業が自殺に追い込んだ息子の責任は一体誰にあるのか?

近年の社会問題のひとつである長時間労働の問題をネタにしたエピソードですね。

世の中には常識では考えられないような実態を持つ企業が溢れていて、得てしてそういう企業にはその企業特有のありえない常識が蔓延しているものらしいです。

最近は働き方改革の影響もあって随分と改善傾向にありますが、僕も月120~130時間程度の時間外労働をした経験が何度かあります。今の時代ではさすがに考えられませんけどね。

とはいえ僕は一応上場企業の務めなので、大変だ大変だとは思っていても本当に大変な現場で働いている人からすればとても恵まれているのだと感じています。

このエピソードで自殺した窪田宏希の置かれた状況を見たら尚更そう思ってしまいます。性格的には明るくて人当たりも良いけど、しかし明らかに貧乏くじを引いてしまう典型的なタイプの青年って感じの窪田宏希ですが、それ以上に本来自分だけが感じる必要なんてない責任をも抱え込んでしまう一番危ないタイプっぽいですね。

本来企業勤めのサラリーマンの失敗に対する責任は、悪意があるような場合は別としても基本的には個人で抱え込むべきものではないはずです。というか、個人で抱えられるような責任ではないはずなのです。

実際、窪田宏希の自殺に対して会社は賠償責任を負っています。ある意味では会社が負うべき責任を個人に押し付けて自殺に追い込んだようなものですから当然と言えば当然のことですね。

しかし、会社は組織であって人間ではありません。

窪田宏希の母親は、息子を自殺に追い込んだ諸悪を見つけ出すために、殺益執行委員会が選出した窪田宏希の自殺の原因に深くかかわっていそうな三人に対して誰に殺益申請するのかを見極めるためのゲームを持ちかけるのですが、この殺益申請してから対象者を誰にするのか決めるというのは今までにない新しいパターンですね。

三人が三人とも、個人的には一緒に仕事したくないタイプの人間ではありますが、誰が殺益申請の対象者に選ばれるのかは結果を読む前になんとなく想像ができました。

会社が負うべき責任を個人に押し付けたということは前述しましたが、それを決定的なものにしたのが誰なのかと考えた時に答えは一つだと思ったからです。

まあ、少し理由は違ったのですけど、いずれにしても他人が苦労している時に楽をしていたらツケがまわってくるってことですね。

いじめの責任

3巻は自殺の二連発。

いじめの加害者の少女は、実際のところいじめに対して自覚的なのに、その両親があまりにも過保護すぎて自殺した少女の両親に精神的な苦痛を与えたという話ですね。

実際問題、いじめによる自殺の責任がどこにあるのかって難しいところで、遺書が残っていたところで死人に口なしというか、いくら責任を問われてもよほど露骨な原因があったとしても言い逃れできてしまうものなのかもしれません。

それに、自殺者は苦痛から逃げる以外に、自らの死をもってしか責任を追及する手段を持たない弱さがあるのかもしれないと思っていますが、死という最大のカードを切っている割にはその効果が発揮されるかが未知数すぎるのかもしれません。

このエピソードでも、自殺少女の両親はその怒りの向け先があまりにも暖簾に腕押しなものだから、逆にボルテージを上げていってしまっている印象がありました。

娘が殺益申請の対象年齢である12歳になる前にと、海外への移住を計画している時点で間違いなく自分の娘が何かしらいじめに関わっていることには気付いていたのだと思いますが、恐らくそのことに自殺少女の両親も気付いていたのではないでしょうか?

だから、いじめを行っていた少女がまだ殺益申請の対象年齢になっていない油断を付いてその両親への殺益申請が受理されたのだと思います。

裁かれるのが実際の加害者であるとは限らないというところも一生一殺法の興味深いところですよね。

子供の責任は親の責任とはよく言ったものですが、まさにその言葉通りの結果になったというようなエピソードでした。

過去の汚点

個人的にはブラック企業の問題あたりも胸糞悪いって感じてしまいますが、読んでいて気分の良くないエピソードとしてはこちらの方が上かもしれません。

あっ、ちなみに読んでいて気分が良くないと言っても作品に対する批判じゃないですよ?

そういう部分が無いと面白い作品として成立しないタイプの作品ですし、好き好んでそれに触れているわけなので。

このエピソードの主人公は、今は幸せな家庭を築いているけど、過去に毒親のせいでお金に困らされ、体を売るような仕事までしていた女性となります。

更にはその毒親に対して、既に殺益申請して受理・執行された過去まで持っています。

既に一生一殺法の権利を行使した人物による殺益申請とは、また新しいアプローチのエピソードですね。

このエピソードでは女性の過去を知る男性に脅迫されて金銭を搾り取られてしまうことになりますが、その背景にはこの男性が既に女性が一生一殺法の権利を行使済であることを知っていたから殺益申請されることに対して無警戒だったということになります。

このエピソードで考えられさせることは二つ。

一つは、こういうケースを見ると一生一殺法は確かに犯罪行為の抑止力になっているのであろうという点。

もう一つは、考えてみれば一生一殺法の権利の行使有無ってかなり重大な個人情報なのではないかという点。

特に後者はこのエピソードを読んで初めて気付きました。

既に権利を行使していることを他人に知られることは、実際問題かなり大きなリスクになるのだと考えられます。

それに、リスクもそうですが単純に人を殺す申請を出したことがあると知られるだけでも、たとえ権利の行使だったところで良い印象を人には与えないような気もしますしね。

塀の中の殺益

過去に凶悪犯罪を起こして何人もの死傷者を出したにも関わらず精神疾患を理由にたった懲役12年の判決を受けているだけの受刑者が、過去に自分が襲った女性に対して殺益申請を出すというちょっと独特なエピソード。

まあ、この受刑者が出している殺益申請は本筋ではなく味付け程度なのだと思われ、本筋はこの受刑者に対して被害者女性の方も殺益申請を出しているという点。

しかし、過去の犯罪に対する捌きとしては既に懲役12年という判決を受けているためその殺益申請は受理されません。

通常の法では裁けない人間を裁くための一生一殺法というわけですが、一方で通常の法が優先されるため、既にそれで罰を受けている人間に対して、同じ罪を理由に殺益申請はできないというのは興味深いですね。

しかし、ここで面白いのがこの受刑者が自らの犯罪を出版しているということ。

独りよがりで身勝手な妄想というか、あたかも自分が被害者であるかのように綴ったエッセイにはファンも多いようなのですが、これは被害者からしたらたまったものではありませんね。

というわけで、このエッセイが与えた精神的な苦痛を理由に被害者女性の殺益申請は受理されることになった・・のですが、これまた興味深いのはこのエピソードでは初めて受理された殺益の執行がなされていないという点。

服役中は殺益の執行ができないからってことらしいですが、どうやら刑期を終えたその日に殺益が執行されることになるようです。

自分の確定した死へのカウントダウンが始まるというのは、よっぽどの老人でもない限りある意味ではその場で執行される以上の恐怖かもしれませんね。

ちなみに、もしかしたらと予感していましたが、この受刑者を見出して書籍を出版した編集者も他の被害者、被害者遺族から殺益申請されて執行されてしまいました。

誰の障害になっているかなんてわからないって話

良い意味でも悪い意味でも世の中に対して強い影響力を持った人間って、一生一殺法のある世界では色々とやりづらいものがあるような気がします。

そういう著名人。例えば政治家なんかには複数の殺益申請が集まることで実際に殺益申請が受理されるような、マジで恐ろしい不信任投票みたいなことが認められているのだとか。

このエピソードの中心は、そんな趣味の悪い不信任投票をあおりにあおってとある政治家に対する殺益申請の票を集めた挙句に、殺益申請されるほど恨まれる方が悪いのだと言っているようなヤツなのですが・・

自分自身こそが周囲の友人たちを裏切って恨まれていることに気付いてもいませんでした。

身勝手な人間って、自分が身勝手であることに気付かないものだし、そうでなくても身勝手な行動って自覚的にできるものではありません。人に寄りますか?

3巻のエピソードで言えば、ブラック企業といじめ問題、それから脅迫男に関してはある程度自分が殺益申請される理由に自覚的というか、少なくとも心当たりくらいはあったはずです。受刑者は、普通に考えたら自覚的だと思いますがちょっと頭がおかしかったのでノーカンということで。

1巻ラストのエピソードの場合は無自覚だったかな?

いずれにしても、自らの無自覚な言動が殺益申請される理由になり得るというのは、考えてみれば恐ろしいことなのではないかと思います。

たぶん、誰にも迷惑を掛けずに生きていける人なんていないですし、その迷惑の度合いがどこで殺益申請に足るものになるのかと考えたら怖いですよね。

総括

いかがでしたでしょうか?

リアルに人の死が関わっている作品って、どんなに面白くて肯定的な評価をしたいと思ってもなかなか言葉が見つからなくて困ります。

どんなに素敵な作品だと感じても素直に「素敵な作品でした!」とは言いづらいというかなんというか・・

しかし、汝、隣人を×せよ。はある意味では本当に素敵な作品だと思います。

リアルに人の死が関わっている作品ではありますが、自分自身が誰かにとって耐えがたい障害になっていないかと考えさせられるところがあると思うからです。

法律的・倫理的に問題なければ何でもOKとは思いませんが、例えば感情が昂った時に「そんなこと法律で決まってるの!?」って感じでそれを武器に論破しようとする人って少なくありませんからね。

そして、それが通用しないのが一生一殺法のある汝、隣人を×せよ。の世界観というわけです。

今後も、次はどんなバリエーションを見せてくれるのか、そしてどういう方向にストーリーが進展していくのかが楽しみですね。