『ダンまち(15)』キャラクターの成長が見える短編集の感想(ネタバレ注意)
『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか』。略して『ダンまち』の最新15巻は箸休め的な短編集になっています。
前巻が息をつく暇もない冒険に次ぐ冒険といった内容だったので、久々の日常編といった感じですね。
あとがきによると、ナンバリングの章は2015年本編アニメBlue-Ray特典短編小説に加筆修正を加えたものになるようです。
そういうわけで、中には内容的にちょっと消化不良なのではないかと思っている人も多そうな印象ですが、個人的にはこういうキャラクターを掘り下げる短編は好きなのでこういう一冊も大事だと思います。
いや、『ダンまち』は刊行ペースが遅めの作品なので、もちろん早く本編を進めていってほしいという思いもあるのですけど、こういう箸休めがあるからこそ本編も面白くなっていくものだとも思うんですよね。
ちなみに、2015年といえば15巻発売時点からみて4年も前です。
普通であれば、そんな時期に書かれた短編を読んだら本編との時間差に大きな違和感を覚えるところです。
しかし、この15巻の場合はかなり工夫された構成になっていて、14巻のあとに読む本編として違和感の少ない内容になっているのが興味深いところです。
14巻でのかつてない冒険を経た後の大きな成長を、そこに至るまでの過去を振り返ることでもっと劇的に描かれているように見えるという。そういう工夫を凝らすことで古めの短編を最新巻に違和感なく溶け込ませる手腕には流石に一言です。
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本作の概要
深層の決死行。かつてない冒険を終えたベルたちは大きな成長を遂げることになります。
そんな成長を喜ぶと同時に、自分たちが歩いてきた道のりを振り返っていきます。
ヘスティアファミリアの主要メンバーや、ベルとともに深層の決死行を繰り広げたリュー。それにベルを心配するギルドの受付嬢エイナの過去が描かれます。
本作の見所
ベル・クラネル
「ぶっちゃけ、なんか【ランクアップ】できそうな気もしたが黙っておいた」
ヘスティアのモノローグですが、深層の決死行はマジが今までにない危機だったのでひょっとしたらいきなりランクアップする展開もあり得るのではないかと僕は思っていました。
さすがにそれはありませんでしたが、ステータスの上昇率は過去最大と大きく成長してベル。
こういう強さを数値化してしまうタイプのフィクション作品って、数値化した時点で分かりやすくて面白くもあるものの、ある一定以上にはならないイメージがあるのですが、『ダンまち』の場合はその辺数値をうまく使っている気がします。
なんというか、あるエピソードとその後の成長率にある程度の説得力があるのが魅力的だと思います。
そんな風に冒険を繰り返し成長し続けるベルですが、オラリオにやって来た最初からそうだったわけではありません。
それはここまで『ダンまち』を読んできた人であれば、1巻最初の様子から周知の事実ですが、今回の短編では1巻の更に前。
ベルがヘスティアと出会う前のエピソードが描かれています。
お世話になるファミリアを探し求めて、だけどどこもかしこもベルを受け入れることはない。
その上泊っている宿からはカモにされている。
就職氷河期時代の就活生もかくやという状態になってしまっていたようです。
「あー、んんー・・実は、ボクも今【ファミリア】の勧誘をやっていてね。ちょうど冒険者の構成員が欲しいなぁーなんて奇遇にも思っていてだねえ、その、うん、えーと・・」
そんなベルに声を掛けたのがヘスティアでした。
ちなみに、歯切れの悪さの理由は、次のヘスティアの短編で明らかになります。(笑)
ヘスティア
二つ目の短編のタイトルは『HEY WORLD』で、アニメ版のOP曲と同じですね。
あまりこのOP曲のタイトルの意味を考えたことはありませんでしたが、ヘスティアが下界に降り立った時の短編のタイトルになっているのを見て「なるほど」と思いました。
というわけで、ベルと同じくオラリオにやって来たばかりの頃のエピソードが短編として描かれているのですが、ベルが就活生ならヘスティアは一緒に会社を始める仲間を探している経営者といったところでしょうか。(笑)
ただし、ベルと違ってヘスティアにはヘファイストスという頼る相手がいて、しかもそこに甘えてしまうことになります。
雇い主側のはずなのに、まるで実家に甘えて引き籠る直前の就活生のようです。(笑)
その後、ベルと同じでなかなかファミリアに加入してくれる冒険者がいない状況に陥り、そんな時に見つけたのがどこのファミリアにも入れずに迷子のようにさまようベルを見つけたわけですね。
ベルの短編でヘスティアの歯切れが悪かったのは、この時ヘスティアが置かれていた状況が背景にあったのではないかと思います。
リリルカ・アーデ
作者によるとリリをランクアップさせる想定はもともと無かったようなのですが、前巻の冒険から察するに何人かはランクアップする予感はありましたよね。
特に司令塔として活躍していたリリがランクアップする結果は納得の一言です。
レベル2になって少し調子に乗っている様子が他のキャラクターのエピソード前の間章からも感じ取れるくらいですが、リリがここに至るまでの苦難を思えば今回誰よりも報われたのはリリなのかと思わされます。
そりゃあ調子にも乗りますよねって感じです。
そういうわけでリリの短編は、幼い頃からソーマファミリアで苦労してきて、他の冒険者から搾取され続け、盗賊まがいのことを繰り返し、最初はベルのことすらターゲットと見做していた暗い時代のリリのエピソードとなります。
「私を呼んで。私を必要として。私を助けて。私を、見捨てないで」
ソーマファミリアから逃げるように身を寄せていたお爺さんとお婆さんの花屋が心無い冒険者に破壊され、優しかったお爺さんとお婆さんからも見捨てられてしまったリリのモノローグ。
ベルに出会う前のリリにあったのは、搾取される立場を見返したい気持ちとかそれ以上に、自分を肯定してくれる人を欲する気持ちだったのかもしれませんね。
しかし、それすらも強者の手によって奪われてしまったリリには、搾取される立場を見返したい気持ちだけが大きく残ることになってしまったのでしょう。
最初はベルすら騙した変身魔法を覚えたリリは、他の冒険者たちを騙して戦利品を掠め取る盗賊行為に走るようになります。
ベルと出会い、ヘスティアファミリアに入ったリリはそういったことからは足を洗っていますが、とはいえ搾取される立場を見返したい気持ちが無くなったわけではないのだと思います。
だからこそ、今回のランクアップを誰よりも喜んでいる様子なのかもしれませんね。
エイナ・チュール
ベルを担当するギルド受付嬢のエイナ。
ベルの普通ではない成長率と無謀とも思える冒険にいつも頭を悩ませていますが、今回の深層の決死行も例外ではない・・というか、そりゃあそうですよねといった様子でした。
「また会えて、良かった・・」
以前からベルが死なないように、無茶しないようにと進言するアドバイザーであり続けたエイナでしたが、だからこそ今回もベルが無事だったことに最も安堵しているキャラクターだったのではないかと思います。
そんなエイナの背景にあるギルド受付嬢になったばかりの過去のエピソードが短編として描かれています。
エイナが最初に担当した冒険者マリス・ハッカードとエイナは、一緒に飲みに行くくらいに仲良くなっていました。
もしかしたら、今のエイナとベルよりも親密に見えるくらいです。
しかし、本当に唐突にマリス・ハッカードは冒険で命を落とします。
マリス・ハッカードだけではなく、他に担当していた上級冒険者も、多くの冒険者があっけなく命を落とすところをエイナは見てきたようです。
そして、エイナの職場仲間はベルのことを早死にする冒険者であると当初認定していて、しかし冒険者の無事を誰よりも祈るようになっていたエイナがそれを許さなかったことが、エイナがベルの担当になるキッカケだったようですね。
今回短編化されているキャラクターの中では唯一冒険者以外のキャラクターですが、ある意味では誰よりも冒険者に寄り添っていて、理解も深いキャラクターなのではないかと思います。
ヴェルフ・クロッゾ
壊れることを前提に振るわれるクロッゾの魔剣を嫌っていたヴェルフが、仲間たちと窮地を切り抜けるために打ったヴェルフの魔剣ともいえる始高・煌月をヴェルフは前巻で完成させました。
その出自が最初から明確だったこともあって、ヴェルフの過去は他のキャラクターに比べると意外にも明らかな部分が多かったような気がします。
とはいえ、今回の短編ほど明確にそれが語られたのは初めてだと思います。
というか、本編ではベルの兄貴分の青年という感じなので、子供時代のヴェルフの描写が新鮮に感じられました。
ヴェルフがクロッゾの一族に反発するようになったキッカケ、それに故郷である王都バルアから逃げるようにオラリオに至った経緯が描かれています。
リュー・リオン
やっぱり今回一番気になるのは、前巻でベルとともに深層の決死行で危機を共に乗り切ったリューですよね。
『ダンまち』に登場するヒロインの中ではもっとも凛としていて格好良い系のキャラクターだと思うのですが、前巻では深層で今までにない顔を見せてくれてより一層魅力が増したところで、個人的には今後の動向が最も気になるキャラクターだったりします。
ベルは『ダンまち』に登場するヒロインたちにモテまくっていますが、普段は誰よりもクールなリューがベルを前にすると誰よりも初々しい反応を見せるようになっていて、超絶微笑ましいことになっています。
いつの間にかベルのことを「クラネルさん」ではなく「ベル」と呼び捨てに代わっていることに気付いてしまったり、というか今まで気付いていなかったのかとか無意識だったのかとか、いろいろ言いたいことはありますがとにかく可愛らしい。
「傷害・・誘拐・・私は一体どこまで堕ちれば・・」
なまじ腕っぷしが強いだけに、ベルを前にした時の混乱ぶりがもたらす被害が甚大なのがたまに傷ですが。(笑)
「ただ、貴方の顔を直視することに堪えられないだけです」
多感な思春期の少年に誤解を与えかねない弁明もリューらしいと思います。
そんな風に人を受け入れることが苦手なリューですが、それが昔からなのだということが語られているのが今回の短編です。
前巻では、リューが以前所属していたアストレア・ファミリアについて度々語られていましたが、そのアストレア・ファミリアに加入するまでの幼いリューが描かれているのが見所ですね。
ちなみに、非常に登場人物の多い『ダンまち』ですが、幼少期が描かれるキャラクターは意外と珍しいと思います。
サンジョウノ・春姫
ひょっとしたら春姫もランクアップするのではないかと思っていましたが、大きくステータスを伸ばしたものの今回のランクアップは見送りとなりました。
どうやら、本当はランクアップできるところをアイシャの助言であえてランクアップしなかったようです。
主神であるヘスティアや他の団員は知っているようですが、春姫本人とランクアップしてご機嫌のリリには伏せられているようです。
まあ、足を引っ張らないように早く成長したいと思っている春姫に、ランクアップさせるつもりも無いのにそれを伝えるのは酷ですからね。
ちなみに、なんでランクアップさせないのかといえば、春姫の戦闘の技量が一向に向上しないのを理由としているようです。
要は、ランクアップにより得られる恩恵を強力な武器であると例えたら、子供にそれを与えるようなものだという判断なのだと思います。
しかし、春姫のウチデノコヅチはヘスティアファミリアにとって最後の裏技であり、春姫の成長がヘスティアファミリアの今後のキーになってくるのは間違いないのではないかと思っています。
だから春姫の成長は、ベルの成長と同じくらい要注目事項だと思うんですよね。
そんな春姫の短編は、今回収録されている短編の中ではもっとも今巻の趣旨である「成長」に合ったものになっていて、あくまでも支援系で自ら戦っているシーンなどほぼ描かれたことのなかった春姫の、新しい一面が見えたような気がします。
総括
いかがでしたでしょうか?
「早く本編を進めて!」と感じている人も多いはずで、こういう短編集は好き嫌いが分かれるところだと思いますが、こういう短編集はキャラクターが深く掘り下げられることになることが多いので僕はとても好きだったりします。
他作品のレビュー記事でも、短編集の方が本編より熱が入っていることが実は多いくらいです。
『ダンまち』の15巻。この一冊も例外ではありませんでした。
しかも、比較的古めの短編をそう感じさせないような構成にしているところが単純に凄いと思いました。
とはいえ、いくら短編が好きでもそれは本編があるからこそです。
大きく成長したヘスティアファミリアの冒険や、ベルと危機的状況を共にしたリューの動向も気になるところで、早く次巻で本編を読みたい気持ちも大きくなっています。