『りゅうおうのおしごと(11)』将棋星人の棲む星に地球人の女の子がたどり着くまでの物語(ネタバレ含む感想)
本記事は将棋ラノベの名作である『りゅうおうのおしごと!』の魅力を、ネタバレ含む感想を交えて全力でオススメするレビュー記事となります。
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本作の概要
あらすじ(ストーリー)
自ら死を望んでしまうほど奨励会の三段リーグに追いつめられてしまった空銀子。
どうすればそんな銀子を助けることができるのか?
必死に考えた八一は、絶対に死ねる場所へと銀子を連れていこうとします。
銀子を思いとどまらせるために、そして・・
自らが好意を寄せる女の子が本当に死んでしまう前に思いを伝えるために。
しかも、どうやらもし銀子を思いとどまらせることができなかったら後追いする覚悟まであったようですね。
とはいえ、絶対に死ねる場所。福井県の東尋坊への小旅行の間に銀子の頭も冷えており、さすがに自死は思いとどまりました。
そして福井県といえば八一の出身県。まさかの八一の実家へ銀子と二人で訪問する展開になります。
銀子からすればかなりの不意打ちですが、さすがに八一の両親を前にかなり緊張している様子で、いつものあたりの強さも若干なりを潜めています。(笑)
そして、今まで散々ロリコンと言われれ続けていた八一ですが、その度合いは割と軽度だったことが明らかになります。
なぜなら、どうやら八一の思い人 が銀子であったことが、八一が銀子に告白しようとしたことで判明したからです。
銀子は八一より二歳年下。十代後半の二歳差なら、まあ全然普通の年齢差ですからね。
そういうわけで、前巻ラストの大きく追いつめられていた精神状態からは脱した銀子は、大阪に戻って再び奨励会の三段リーグに挑みます。
そして、銀子にとってはかつて勝利したものの才能の差を見せつけられた因縁の相手である椚創多と再び相まみえます。
ピックアップキャラクター
今までにも特定のキャラクター一色だと感じるような一冊はありましたが、11巻ほど顕著なのは初めてなのではないかと思います。
まさに空銀子のための一冊という感じで、人気キャラクターの割には今までその内面が描かれることの少なかった空銀子の、過去と内面が次々と詳らかにされていきます。
ちなみに、11巻を読んで空銀子に対するイメージがグルっと変わった人は多いのではないかと思いますが、実のところ空銀子のキャラクター性は何も損なわれておらず、むしろ最初からずっと一貫しているといえるのではないかと思っています。
その辺、かなり興味深いのではないかと思います。
空銀子
(「りゅうおうのおしごと!(5巻)」より)
女流棋界では最強の女王である空銀子ですが、一方で女性初のプロ棋士を目標に、将棋星人たちの世界に追い付くために、奨励会の三段リーグを戦う挑戦者でもあります。
しかし、さすがの空銀子も厳しい三段リーグの戦いに疲弊して、心が折られてしまいました。
そんな空銀子がどのように復活を遂げていくのかが11巻の見所になっています。
ネタバレ含む感想
追いつめられた空銀子
・・次は、絶対に勝てない・・もう決まってるの・・このまま四連敗して、ずっと負け続ける・・そんな苦しい思いをするくらいなら・・死んだほうがマシじゃない・・
これが11巻序盤の銀子の精神状態です。
今までにも精神的な脆さをのぞかせたことのある銀子ですが、これはただのメンヘラ女子ではない、マジで危うい様子がうかがえます。
対する八一は、そんな銀子を思いとどまらせるために必死で考えを巡らせます。
考えて、一言でいえば「銀子には才能が無いのだから簡単に三段リーグで勝ち抜けるわけがない」という趣旨のことを八一は銀子にぶつけています。
これは一見、銀子への追い打ちのようにも捉えられますが、「誰もが抱いている銀子への期待を背負う必要は無い」と言っているようにも聞こえますね。
女性初のプロ棋士が望まれる銀子には、想像を絶するプレッシャーが掛かっているに違いありません。
何も知らなければ微笑ましく見えるであろう銀子の部屋にある応援の寄せ書きも、この時の銀子の状態を見た後だと残酷な脅迫文に見えるから不思議です。
ともあれ、ここでの八一のセリフの意図は強制的に銀子から脅迫的なプレッシャーを取っ払おうとしたものなのではないかと思っています。
だったら俺が連れて行ってあげますよ。絶対に死ねる場所へ
とはいえ、この時の銀子にはどんな言葉よりも頭を冷やす時間が必要だったに違いありません。
そういう意味では八一の取った行動はかなりの好手だったのではないでしょうか?
いろんな人がいろんな苦しみを味わって、日本中を転々とさまよって、最後の最後に辿り着いたのがこの崖なんです。追い詰められて行き場のなくなった人たちが・・ここから落ちた。同じようにすれば楽になれますよ? どうです? 身を投げれますか?
・・死ねないよ。私は『かわいそう』じゃなかったんだから
遠方にある絶対に死ねる場所。
そこに行くまでの間に銀子には頭を冷やす時間ができましたし、冷えた頭で覗いた東尋坊の崖下に飛び込むことは常人にはできるものではありませんよね?
さすがに、まさか本当に飛び降りたりしないかと八一からすればかなりハラハラドキドキした瞬間でしょうけど、銀子に自ら死なない選択をさせることに成功した八一。
こういう場合、無理やり縛り付けるように自死を止めたとしても危うい状態であることに変わりはありませんが、自ら死なない選択をさせることができたらひとまず安心ですから、その辺八一の手法はかなり賢かったと思います。
それにしても、この東尋坊に至るまでのストーリー構成がとても面白かった・・というよりも贅沢だったという印象の方が近いかもしれません。
『りゅうおうのおしごと!』において今までで最大の過去の回想となりますが、福井県への小旅行の中で、八一や銀子の過去がかなり詳細に語られています。
どのように八一・銀子は清滝鋼介の弟子になったのか?
姉弟弟子たちはどのように成長していったのか?
いつから八一は銀子のことを姉弟子と呼び、敬語で話すようになったのか?
そんなことを中心に、現在に至るまでのあれこれがかなり詳らかにされていて、既刊の様々なシーンに繋がるような過去すらサラッと惜しげもなく語られていて、情報の出し方がとても贅沢に感じられました。
まあ、考えてみればメインヒロインである八一の弟子・雛鶴あいや夜叉神天衣を主軸にしたエピソードではここまでの回想を入れることは難しいでしょうし、銀子がメインのエピソードで一気に吐き出してしまおうという考え方なのかもしれませんね。
初めての封じ手
将棋をテーマにしたライトノベル。それが『りゅうおうのおしごと!』という作品です。
主人公の八一にしても可愛らしいヒロインたちにしても、個性的なキャラクターたちの誰もにライトノベルのキャラクターらしさがあります。
とはいえ、基本的には将棋の『熱さ』が描かれているのが『りゅうおうのおしごと!』という作品で、例えばラブコメやギャグのような要素は他のライトノベルに比べると、良い意味でオマケ的な付加要素と感じられるとも思っています。
しかし、11巻の序盤から中盤にかけては将棋の要素は薄めで、特に封じ手のエピソードでは初めて将棋以外の『熱さ』が描かれていたのではないかと思います。
それは八一と銀子のラブコメ。
今まで散々ロリコンだと言われてきた八一ですが、どうやら恋愛的な意味で本当に好きなのは銀子であることが11巻で明らかになりました。
俺が《浪速の白雪姫》に負けないくらい大きくなったら、その時に堂々と名前で呼ぼうと決めたんです
どちらかといえば八一に置いていかれることに不安になっている銀子が今までも描かれてきた印象がありますが、八一もまた銀子が女王になった時に似たようなことを感じていたようで、銀子に相応しいくらいの大物(すでにかなりの大物だと思いますが)になるまでは『姉弟子』と呼び続けようとしていたようです。
しかし、今回そんな銀子が自死を匂わせたことで早く思いを告げたいと八一も思ったのかもしれませんね。
いずれはこういうヒロインキャラとのラブコメが描かれる時が来るとは思っていましたが、銀子とのそれがこんな素敵な感じで描かれるとは予想していませんでした。
それに、告白後の二人のやり取りがものすごく可愛らしいのですけど、ちゃんと将棋を絡めているあたりが『りゅうおうのおしごと!』らしいところ。
まさか封じ手というキーワードであんなシーンが描かれるとは驚きですね。(笑)
胸の中から気持ちが溢れちゃわないように言葉が出るところを、封じて
い、今ここで!? 俺からするの!?
封じ手は積極的に自分から封じていくタイプなんでしょ?
こんな封じ手は初めてなんですよっ!!
将棋における封じ手のスタンスの話をした後にこの流れ。面白さがあるのと同時に凄くロマンティックで素敵なシーンだったと思います。
まあ、作中では言葉が濁されていたところをハッキリ言ってしまえば要はキスしていたわけなのですが、この後もう一度とねだる八一の言い訳がまた面白い。
そういえば、封じ手は二通作成するんでした・・すみません説明不足で
封じ手が万能すぎるっ。(笑)
封じ手と絡めてこんな素敵なシーンが書けるとは、作者の白鳥士郎先生の発想力がさすがすぎます。
しかし、封じ手とは必ず開封されるはずのものですが、これがいつどのような形で開封されるのか。銀子自身が前途多難と感じているように、開封を阻止しそうな二人のあいは一体どうするのか。
その辺、今後の展開が気になるところですね。
それにしてもこの封じ手のエピソード。
さしずめ、三段リーグの毒リンゴを食べた『浪速の白雪姫』の目を覚ます将棋の星の王子様のキスといったところでしょうか?
こういうピッタリな感じ、僕は嫌いではありません。
また、このエピソードの直後にも敬語が抜けきらなかったり、やっぱり弟子のことは気になる八一のことを内心で減点している銀子ですが、こういうやり取りに以前ほどのトゲトゲしさが無いのも印象的でした。
ほほぅ? 私より小学生が大事だと? すいませんね高校生で
こんなセリフからも若干の余裕が感じられますね。(笑)
なんとも微笑ましいことです。
将棋星人の棲む星への一歩を踏み出した『浪速の白雪姫』
実は、銀子を勇気づけたのは八一だけではありません。
5巻では八一に竜王を防衛されたことで国民栄誉賞の受賞も見送られた神とまで呼ばれた名人でしたが、何かしらの偉業を達成するのは時間の問題でしたし、国も将棋連盟も名人に国民栄誉賞を与えたくて仕方のない状況でした。
そして、タイトル通算100期と歴代最多勝利を理由についに国民栄誉賞が与えられるに至ったわけです。
直接対決で何回か勝つことなら、俺みたいなのでもできます。簡単じゃないけど・・互角の戦いはできると思う。 でも名人の記録を抜くなんて絶対に無理です。複数冠を一年持つことだって想像すらできないんですから
5巻の竜王戦では名人の上を行った八一ですが、『勝つ』ことよりも『勝ち続ける』ことの難しさをここでは指摘しているわけですね。
まさに神のごとき偉業で、世間的には『浪速の白雪姫』ともてはやされ、名人と並ぶ有名人である銀子も、本当に本気で将棋をしている例えば奨励会員やプロ棋士からは軽んじられることも多いようです。
だから銀子は、そんな世界の頂点にいる神(名人)にとって、自分は並ぶどころか歯牙にもかけられない存在だと思っていた様子ですが・・
国民栄誉賞を受賞した会見でAIとの対局への興味を問われた名人が述べたのは、明らかに銀子を意識した回答でした。
曰く、名人自身が到達した偉業はあくまでも今までにもあったレールの延長線上にあるものでしかなかったが、周囲の環境的にも女性が将棋界で出世するのはかなりの困難で、それを乗り越えてきた人間が弱いわけがないという考えのようです。
神と呼ばれる名人に自分の将棋が届いていた。ここでかつて銀子の師匠の清滝鋼介の言っていた「将棋の神様は八一や銀子のことをちゃんと見ている」というセリフに繋がるのが素敵な展開ですね。
逆説的に言えば、こういうところで見る目があるからこそ名人は神とまで呼ばれているのかもしれません。
誰も歩いたことのない道には、正解も間違いもありません。ただ経験上、一つだけ言えることがあるとすれば・・運命は勇者に微笑む。私は、そう思います
長くなりましたが、八一と同じくらい銀子を勇気づける結果になったのがこの名人の会見でした。
ちなみに、この会見を見た後の八一と銀子のちょっとしたやり取りがものすごく微笑ましくて、この辺にもちょっと余裕を取り戻した銀子が表れているのにホッとした感じになります。
ともあれ、八一と名人によって復活した銀子は再び三段リーグの舞台に戻ってくるのですが、そこではいきなり強敵・椚創多との対局が描かれています。
よかった・・斬り落とさなくて
これは対局前の銀子のモノローグですが、最初は勝手に悪手を指す自分の手を斬り落とすとか言っていたところから完全に立ち直っていることが窺えますね。
その後の対局は、6巻では勝利したものの完全に格上だと認めてしまっていた椚創多との激戦が繰り広げられるのですが、名人の『運命は勇者に微笑む』の言葉を胸に勇気を持って戦った銀子はついに・・
そこで銀子はついに・・
着いたよ。八一
まだ八一の背中は遠いものの、銀子はついに将棋星人の星に一歩目を踏み出しました。
手を読むのではなく見える領域。椚創多との対局の中で銀子は大きく成長しました。
いやはや、11巻は本当にこの『銀子の将棋星人の星への一歩目に至るまで』を一冊かけて丁寧に描いたという印象の一冊だったと思います。
だからこそ銀子のステップアップにとても説得力がありましたね。
逆に言えば、女性が奨励会の三段リーグに臨むということには、それだけの説得力が必要だったということなのかもしれません。そんな道だからこそ、そこを歩く女性を名人は勇者と称しているのだと思います。
それにしても、大きく変わった八一と銀子の関係性や銀子の棋力が今後の展開にどう影響してくるのかが、かなぁり気になるところですね。
11巻はメインヒロインである八一の弟子たちはほとんど登場していませんが、その辺の動向も気になります。