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『りゅうおうのおしごと(2)』もう一人のあいが登場します。(ネタバレ含む感想)

 

本記事は将棋ラノベの名作であるりゅうおうのおしごと!の魅力を、ネタバレ含む感想を交えて全力でオススメするレビュー記事となります。

雛鶴あいのライバル、もう一人の「あい」が登場する2巻目となります。

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本作の概要

あらすじ(ストーリー)

普及もプロ棋士の大事な仕事。文字通り竜王のお仕事のひとつですが、タイトルホルダーの九頭竜八一も指導の仕事をしています。

ある日、神戸のまるで極道のような家に呼ばれた八一は、雛鶴あいと同じ女子小学生の夜叉神天衣の指導をすることになります。

もう一人の「あい(天衣)」

あいと同じく、最初は八一も才能を見誤った天才少女で、中盤から終盤の攻めに優れたあいとは棋風が異なり、正確さを要求される受け将棋を指し、八一をも唸らせます。

姉弟子である空銀子にあいが弱くなっていると指摘された八一は、自らの師匠にも背中を押されて天衣をあいのライバルとして育てることを決意します。

そして、天衣の研修会試験では八一の一番弟子となるあいとの対局も行われます。

1巻では初心者ながら絶大な才能を見せたあいですが、同じ原石ではあるものの経験で勝る天衣との対局は2巻最大の見どころとなります。

そして、八一の指導は天衣の研修会試験までという約束でしたが、自分も姉弟子と切磋琢磨して成長してきたことも踏まえ、同じように共に成長するライバルとして天衣も自分の弟子にしようと考えるようになります。

そして、既に将棋連盟会長である月光聖市の弟子になることになっていた天衣を、月光との対局に勝利することで奪い取り、八一に二人目の弟子ができることになりました。

ピックアップキャラクター

1巻で登場したメインヒロインの雛鶴あい。そのライバルであり、将棋歴でいえば先輩だけど後に同門の妹弟子となる夜叉神天衣が今巻のピックアップキャラクターとなります。

師匠である九頭竜八一も姉弟子の空銀子と共に成長してきた棋士ですが、雛鶴あいにとっての共に成長していく仲間といった感じですね。

夜叉神天衣

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(「りゅうおうのおしごと!(9巻)」より)

メインヒロインと同じ「あい」という名前の少女。もう一人の「あい」と呼ばれた夜叉神天衣は、雛鶴あいと同様に大きな才能を秘めた神戸の女子小学生です。

同じ名前のキャラクターが同じ作品に、しかも超主要なキャラクターとして登場することは非常に珍しいですが、これにはどうもりゅうおうのおしごと!のもともと付けられる予定だった『あいがかり』というタイトルが影響しているようですね。

ネタバレ含む感想

もう一人のあい

八一の一番弟子のあいはどちらかといえば天真爛漫。ちょっと小生意気なところがありつつも、そういう所が女子小学生らしいといえばらしいような気がします。

そして、もう一人のあいとして2巻で初登場した夜叉神天衣は、非常に言動に大人びたところがある少女で、名前は同じでも性格は対照的に見えます。

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天衣

勘違いしないで。あなたはしょせん、金を払って教えさせる単なるレッスンプロよ。まぐれでタイトルを一期取っただけのザコ棋士に師匠ヅラされるなんて我慢ならないもの

ちょっと・・どころではなく小生意気なところがありますが、あいの子供らしい小生意気さとは違って、プライドの高さがうかがえる類の小生意気さですね。

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天衣

二枚落ち? 別にいいけど、勝負にならないと思うわよ?

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八一

ああ。二枚落ちじゃあ勝負にならないだろうな

そんな小生意気さへの意趣返しというわけではないでしょうが、もちろん二枚じゃハンデを付けすぎだという意図の天衣のセリフに対して、あえて四枚落ちで対局を始めるような挑発を見せる八一。

八一もまた竜王という絶対的に高い地位にいるから、これが貫録のようにも見えるけれども、そうでなければ相当な負けず嫌いでもあることが窺えますね。

そして、八一が天衣の将棋を見て最初に下した評価を一言でまとめれば「優等生だが底が浅い」というもの。小生意気な性格に似合わず定跡通りの素直な手を指す綺麗な将棋だが、逆に言えばそれに頼った泥臭さも粘りもない。

あいとは正反対で。ある意味ではあいの時と同じで「才能がない」と八一は断じます。

しかし・・

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天衣

まだ・・私は戦えるっ!!

一人目のあいの時と同じ展開ですね。

天衣の才能は、劣勢になった時こそ力を発揮する受け将棋。一歩間違えれば終わる可能性のある緊張感の中、どんなに劣勢になっても諦めない鉄板のような精神力の持ち主が夜叉神天衣という少女でした。

折れない心があることと終盤に才能を発揮するところはあいと同じですが、全く棋風も性格も違うのが興味深いところですね。

天衣の修行

ジャンジャン横丁といえば通天閣へと続く商店街。アングラなのに有名というちょっと変わった大阪の観光地で、今でも将棋や囲碁の道場が残っています。

子供を連れていくにはかなりディープな街ですが、八一は天衣を指導するためにジャンジャン横丁の将棋道場へと連れて行きます。

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天衣

・・なに? この汚らしいアーケードは?

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八一

この界隈は『新世界』って呼ばれててな。まあ大阪で一番ディープでアングラな場所だと思ってくれていい

まあ、神戸のお嬢様には珍しい街であることは間違いありませんね。

そして、そこで天衣に『真剣』をさせる八一。『真剣』とはいわゆる賭け将棋のことで、指導のためとはいえ現役タイトルホルダーが安易に関わって良いものではないような気もしますが、天衣に強い相手と対局させるためにこういう手段を取りました。

そして、ある意味では女子小学生を弟子にすること以上に危ない橋を渡ってまで八一が天衣に教えたかったこととは・・

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八一

だからこそ相手に罠を張られると弱い。簡単にハマっちまう。ちょっと脇道に逸れたらどこへ向かえばいいのかわからなくなる。ボヤキ、挑発、空打ちの盤外戦術にも振り回されてる。おまえは将棋が弱いんじゃない。精神が弱いんだ

ハメ手(相手のミスが前提の手)のような奇襲戦法を使ってくるジャンジャン横丁の将棋道場の強豪たち。

より正確な打ち方を求められる受け将棋を指す天衣にとって、ハメ手だろうが何だろうが、どのような攻めをも正確に受けきることが求められる。

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八一

だから俺は天衣に完璧を求める。完璧な将棋を

天衣の才能を見極めた上で、もっとも効果的な指導方法として選んだのがジャンジャン横丁の将棋道場での『真剣』だったわけですが、確かに説明されてみると合理的な理由になっている気がしますね。

どのような時にも正確に。

それを実現するためには相手のミスを正確に咎めなければならないため、教科書通りにいかない相手との対局を繰り返す必要があるということでしょうか。

例えば、お隣の囲碁の世界には「定石を覚えて二目弱くなり」という格言があります。

これは定石は覚えているけど教科書通りの手順をなぞっているだけで、何故その形が良いのかが正しく理解できておらず、かつ定石を間違えた相手を咎められずにむしろ損してしまうことを指摘している格言なのだと思います。

本当の意味で定石を覚えたと言えるようなタイミングは実は存在しなくて、何度も色々な相手と実戦を繰り返して少しずつ身に付けていくしかなくて、そしてそこに終わりはないはず。

そして、八一は天衣の弱点がこの実戦を繰り返す段階が不足しているところにあると見抜いたわけですね。

あいVS天衣

1巻ではあいが受けた研修会試験を、2巻では天衣が受けます。

1局目と2局目をサラッと突破するところまではあいの時と似た展開でしたが、最終局の相手は八一の一番弟子の一人目のあいとなりました。

そして、天衣の選んだ戦法は一手損角換わり。

将棋に限らず、いわゆる二人零和有限確定完全情報ゲームにおける一手の価値は非常に大きいはずで、自ら一手損する指し方が相当に特殊であることは将棋を知らない僕にもある程度実感できます。

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八一

一手損角換わりは、指してる俺ですらどうしてこれで良くなるのか理解できない部分のある戦型ですから・・

そして、八一もまたこの戦法の使い手らしいのですが、現役タイトルホルダーである八一にも何でこの戦法で良くなるのかわからないのだとか。

人間の感覚的には一手パスは明らかに損である。しかし、その一方で二人零和有限確定完全情報ゲームの中には、どうぶつ将棋をはじめ一手パスしているはずの後手が必勝となるゲームも少なからず存在しているので、もしかしたら将棋にはあえて一手パスすることが有効となる何かがあるのかもしれませんね。

相手よりもできるだけ先行して陣地を作っていく囲碁よりも、その時その時の戦況が重要になる将棋ではあえて一手パスする方が有効になる可能性が納得しやすいような気もします。

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八一

そして一手損角換わりの出現によって、将棋にはしていい手損としてはいけない手損がある事がわかってきた。手の損得や流れといった観点に縛られず、その局面をフラットに見る新しい将棋観が生まれたんだ

八一の言っていることが、まさにその可能性を指摘していますよね。

囲碁の世界でも、この局面をフラットに見る考え方は特に囲碁AIが台頭してきてから顕著になってきた分野なので、部分的な手の良し悪し以上にどのような局面になっているのかが重要であることが分かります。

ともあれ、ここで重要なのはあえて手損することで優位にことを運ぶ手法もあるということではなく、それを女子小学生の天衣の選んだということです。

一手でも受け間違えることを許されない難しい指し方。

老獪という言い方が相応しそうな指し方は、例えば竜王とはいえわずか十六歳の八一がその使い手だと言われても意外に感じるくらいかもしれません。

しかし、もとより八一は完璧さを求められる将棋にこそ天衣の才能があると考え、そこを鍛えるための修行としてジャンジャン横丁で対局させてきたわけなので、そういう意味では完全に意図通りの成長を遂げてきたということになるのかもしれませんね。

もちろん、あいもなかなか読みが噛み合わない天衣に苦戦するものの、ただで敗北していくような才能ではありません。

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あい

・・こう、こう、こう、こう、こう、こう、こう、こう、こう、こう、こう、こう、こう、こう、こう、こう、こう、こう、こう、こう、こう、こう、こう、こう、こう、こう、こう、こう、こう、こう、こう・・・・

あいの集中力も高まってきて、天衣に食らいついていくのですが・・

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あい

・・まけました

この対局では天衣の方が一歩上を行くことになりました。

しかし、この誰をも熱くさせ驚かせもした対局が、あいにとっても天衣にとっても自分の弱さを自覚するキッカケになったのが興味深いところですよね。

終局直後、あいは敗北したもののどこかサバサバした様子でした。

それは、この対局では天衣が完全の自分よりも上をいっていて、自分には全くチャンスがなかったと思っていたからで、悔しさはあっても自分よりずっと強い天衣を称える気持ちの方が大きかったからなのかもしれません。

しかし、実は簡単な詰みを見逃してしまっていたことを局後に指摘されてしまいます。

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あい

わたしは、わたしに負けたんだっ・・!

つまり、それは相手が強かったから負けたのではなく、自分が弱かったから負けたことに他なりません。

だからこそ、それに気付いた瞬間にあいから悔しさが溢れ出してきます。

負けた時、相手に対する悔しさや怒りはない。
後悔は全て、努力しなかった自分に。
怒りは全て、弱かった自分に向かう。

これは確かに、勝負の世界であればどのような世界であっても言える真理ですよね。

何かに敗北した時に相手に対してどうこう思うことってあまり無くて、ただただ悔しくなるというのは誰にでも覚えがあるところなのではないでしょうか?

そして、この実はあいにチャンスがあったという事実は勝利した天衣にとっても思うところがあったはずです。

勝負はミスも含めて勝負。ミスした者が弱く勝者が強いというのが勝負というものなのですから、天衣はこの勝利を誇っても良いのだと思います。

しかし、ミスした者が弱いというのであれば先にミスをしたのは天衣。

対局相手である天衣を信頼するあまりそのミスを見逃してしまったのはあいの弱さですが、最初にミスしたのは天衣の弱さでもあったはずです。

これは経験がある人なら分かると思いますが、「相手のミスに助けられた勝利」って「力を出し切った敗北」よりもずっとモヤモヤしたものが残るものです。

勝利しているので悔しさがあるわけではないのに何かスッキリしない。

そういうわけで、天衣にとってもこの対局は自分の弱さを自覚するキッカケになっているのではないかと思います。

非常に熱い名シーンでありながら、その結末は互いに弱さを自覚しあうという、姉妹弟子でありライバルとなる二人の邂逅シーンとしては滅茶苦茶に良いものでした。

二番弟子

ありと天衣の対局は、八一に天衣を弟子にしたいと考えさせるのに十分なものでした。

人を賭けるというのは褒められたことではありませんが、一度は月光の弟子にした天衣を、月光への勝利をもって自分の弟子にさせてほしいと八一は挑むことになります。

実は、八一が自ら天衣を弟子にしたいと仕向けるところまでを含めて月光の掌の上なのですが、ともあれもう一人のあいが八一の弟子になる展開になってきました。

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天衣

おかげで私は、物心つく以前から『九頭竜君の弟子』になるのが当たり前だと思ってたのに・・当の九頭竜君はこれっぽっちも憶えてなかったってわけね

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八一

・・ごめんなさい・・

実は、八一は少年時代に天衣の父親と月光の対局の感想戦の結果を覆したことがあり、それで天衣の父親はずっと自分の娘(天衣)を九頭竜八一の弟子にしたいと思い、それを八一にも伝えたことがあったようです。

だから天衣は他のプロの指導をずっと跳ねのけてきていて、渋々とした雰囲気を出しつつも八一の指導だけは受けていたわけですね。

八一は覚えていなかったものの、なんだか素敵な繋がりだなぁって思います。

ともあれ、これで天衣は八一の二番弟子になりました。

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