『りゅうおうのおしごと(5)』最強の挑戦者を迎えた竜王戦が激熱な一冊です。(ネタバレ含む感想)
本記事は将棋ラノベの名作である『りゅうおうのおしごと!』の魅力を、ネタバレ含む感想を交えて全力でオススメするレビュー記事となります。
将棋観を否定され、それでも最後には新境地へと至った八一が格好良い。最強の挑戦者を迎えた竜王戦が激熱な5巻目となります。
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本作の概要
あらすじ(ストーリー)
将棋界の2大タイトルのひとつである竜王に史上最年少の16歳でなった若き天才。それが主人公の九頭竜八一となります。
・・というのは1巻のレビュー記事で書いた『あらすじ』と同じ書き出しですが、5巻は最初から最後までそんな竜王の防衛戦が描かれています。
将棋界の伝説。神とまで呼ばれる最強の挑戦者を相手に、第一局目で八一は今まで積み上げてきた将棋観を否定されるほどの大敗を喫します。
手が読めなくて負けたわけではない。手が読めているのに、読んでいたにも関わらず八一の手を否定した名人。
そんな絶望的な状況に八一は、あれだけ可愛がっていた弟子・雛鶴あいに八つ当たりしてしまうほど追いつめられてしまいます。
そのまま第二局目、第三局目と立て続けに敗北し、カド番へと追い込まれる八一。
そんな時、自分自身にとっても重要な対局を八一に見せるために、奇跡のような勝利を八一に見せるために指したのは清滝桂香。
釈迦堂里奈という女流将棋界の伝説を相手に壮絶な勝利を収め、八一に報われない努力はないことを証明して見せます。
それで精神的に復活を果たした八一は、心機一転した状態で第四局目に臨みます。
そこでは一つ壁を越えた・・いや、これから壁を越えようとしている八一と伝説的な名人との激闘が繰り広げられます。
ピックアップキャラクター
本作品のタイトルは『りゅうおうのおしごと!』であり、主人公である九頭竜八一が竜王のタイトルを持っているからこその『りゅうおうのおしごと!』であることは明白です。
そして、5巻ではそんな八一の竜王を賭けた七番勝負が描かれており、言うまでもなく八一が5巻の主役であったことは間違いありません。
九頭竜八一
(「りゅうおうのおしごと!(9巻)」より)
史上最年少で竜王になった天才・九頭竜八一ですが、将棋界において神とまで呼ばれた最強の名人を挑戦者に迎え、失冠の危機に立たされています。
最初に八一の将棋観すら否定されるほどの大敗を喫したことで開幕三連敗。そんな状況で迎えた四局目こそが最大の見所になっていて、今までにない激熱な対局シーンが八一を中心に描かれています。
名人
(「りゅうおうのおしごと!(5巻)」より)
かなり重要なキャラクターであるにもかかわらず作中で唯一明確な名前が記されておらず、キャラクターというよりもまるで主人公が乗り越えるべき壁という概念として描かれているような印象すらある『名人』ですが、5巻では竜王戦に最強の挑戦者として登場し、九頭竜八一の前に立ちはだかります。
ちなみに、かなり将棋に疎い人であっても元ネタになったプロ棋士に思い当たりやすいキャラクターでもあると思います。
ネタバレ含む感想
荒れる八一
だいじょうぶです! まだ一つ負けただけじゃないですか! これから巻き返していけば、きっと・・
一つ負けただけ・・だと? あの将棋がそれだけだと本気で思ってるのか!?
竜王戦の一局目の後の、八一と何だかんだで八一も溺愛している弟子・雛鶴あいとの会話ですが、敗北した師匠を励まそうとするあいに八一は苛立ちを見せます。
あんな将棋を見せられてよく笑っていられるな!? 一敗で済む話か! シリーズ中盤であれをやられてたら終わりだったぞ!? 俺の将棋観が根底から否定されたんだッ!!
ただ負けただけではない。
読み負けたりミスをしたのではなく、挑戦者である名人と同じ読み筋を真っ先に思いついていたにも関わらず、それは自分にとってあまりにも都合の良い展開だからと切り捨てていた八一。
しかし、その自分にとって都合の良かった展開こそが名人の勝ちに繋がっていた。
こういう盤上遊戯のゲームでは、実力者であればあるほど経験に裏付けられた優れた大局観を持っているもので、無限に存在する読み筋をすべて検証しているのではなく、ほとんど無意識のレベルで必要のない読みは切り捨てることができるものです。
オメーの読みは『浅い』んだよ。手当たり次第に読んでくからムダ読みが多い。読みの量は多いが、そのほとんどがゴミだ
5巻ではあいも月夜見坂燎に敗北した際にこのような指摘をされていますが、これはつまり大局観がまだまだだということを指摘されているわけですね。
そして、まだ将棋を初めて1年に満たないあいがこれを指摘されるのはある意味当然と言えば当然のことでしょうけど、竜王にまでなった八一の場合は積み上げてきたものの総量が桁違いのはずです。
そんな八一の大局観を、つまりは積み上げてきたはずのものを、名人は一局目を通して否定したわけです。
だからこそ八一は今までにないほど荒れていたわけですね。
気遣う内弟子の雛鶴あい。心配してやって来た空銀子。清滝桂香の手紙。そのどれもが八一には響きません。
どこだ・・努力なら、いくらでもするから・・教えてくれよ・・誰か・・強くなるしかない。一人でやるしかないんだ
誰かに助けを求めながらも一人でやるしかないと結論付ける独白からも、八一の追いつめられっぷりが分かりますね。
一局目で名人に将棋観を否定された八一は、そのまま竜王戦で三連敗してしまっています。
七番勝負なので、既にカド番に追い込まれてしまっていて、竜王を防衛するためにはここから強敵である名人に四連勝する必要がある。
負けるにしても、こんな精神状態で負けてしまうのは明らかに良くない傾向で、5巻の前半はそういう意味でハラハラの展開になっています。
報われない努力はないことの証明
八一を荒んだところから連れ戻したのは、愛弟子の雛鶴あいでも姉弟子の空銀子でもなく、清滝桂香でした。
3巻以降、清滝桂香の活躍が目覚ましいですね。
1巻時点では保護者的な立ち位置のキャラクターでしかないと思っていましたが、何というか、これほど生きたキャラクターになってくるとは驚きです。
3巻のあとがきから作者の白鳥士郎先生にとってもかなり思い入れのあるキャラクターであることが伝わってきますが、それも頷ける働きぶりですね。
女流棋士を目指して、一度は諦めかけ、それでもまた掴んだチャンス。
勝てば女流棋士になれる。
そんな重要な対局を、清滝桂香は女流棋士になるためというそれ以上に、八一に報われない努力はないことを証明するために見せつけます。
清滝桂香の相手は永遠の女王(エターナルクイーン)とまで呼ばれる女流タイトルホルダーの釈迦堂里奈。
報われない努力はない。それを証明するために戦いました
地の分
実力も実績もずっと格上の相手に勝利して見せることで、清滝桂香は報われない努力はないことを証明しようとしました。
たとえ将棋観を否定されようと、積み上げてきた努力は無駄ではないのだと、そう言いたかったということでしょうね。
綺麗ごとというか、純然たる事実を言えば報われない努力だってあるはずなのですが、たぶん清滝桂香もそれは分かっていたからこそ、それをただ口にするのではなく何が何でも有言実行してみせようとしたのだと思います。
だから桂香さんに勝利をもたらしたのは将棋の技術じゃない。
それは・・決して砕けない勝利への意思だった。
勝利を信じて真っ直ぐ突き進む勇気だった。
だからこそ、そんな清滝桂香の証明が荒んだ八一の心にも響いたのだと思います。
決して砕けない勝利への意思。
決して諦めないこと。
それは『りゅうおうのおしごと!』の作中でこれまでも繰り返し語られてきた将棋の才能のひとつであり、そもそも八一はそこに雛鶴あいの才能を見出していたはずですが、清滝桂香の証明によって改めてそれを思い出さされたということでしょうか。
神のごとき名人
本記事は『りゅうおうのおしごと!』を10巻まで読んでいる時点で書いていますが、少なくともその時点で最も対局の描写が面白いのは、八一と名人の竜王戦の第四局だと思います。
他にも面白い対局はたくさんありますし、ライトノベルらしく二人のあいをはじめとする可愛らしい女の子の対局の方が面白いって思う人もいるかもしれませんが、個人的にはやっぱり最高峰のカードって興味深いですし、その最高峰な対局が本当に上手く表現されていて、読んでいて手に汗を握る緊張感がこれでもかというほど伝わってきました。
また、挑戦者である名人の表現がまた良いですね。
ピックアップキャラクターの紹介でも前述しましたが、名人は『りゅうおうのおしごと!』の作中でも唯一名前が語られておらず、顔が見えないキャラクターです。
この人・・こんな顔してたのか・・?
この対局で八一は、両者ともに反則の手を指さざるを得ないという奇跡を発見して引き分けの指しなおしまでに持ち込みますが、そんな奇跡以上に印象的だったのが八一が初めて名人の顔に気付くシーン。
自分が名人よりも強いとは思えない。
この人よりも才能があるとも思えないし、この人のようになれるとも思えない。
けど、それでいいんだ。
名人が名人であるように、俺は俺だ。
神とまで呼ばれる名人は、確かに神のごとく強いが当たり前のように普通のおじさんでした。
憧れは憧れで良いという気付きが素敵だったと思います。
この鬼畜眼鏡がッ! どういう体力してんだ・・!!
憧れに対するセリフがコレってのがまた面白いですが、自分は自分であると再認識したからといって、当然勝利を諦めたわけではありません。
そして、指しなおしの対局の最後の最後まで続く緊張感が本当に最高で、名人の方が多く持ち時間を残している状況で、もう持ち時間のない八一が投了を決めかけた時に名人が最後の確認のために持ち時間を使ったことで、つまりは八一にも時間が手に入ったという展開が激熱すぎます。
名人が時間を使わずに指していたら八一は投了するつもりだったようです。
しかし、名人は時間を使った。
その時間を使って考えた八一の手で、名人は投了したのです。
こんな素晴らしい展開ってなかなかないですよね?
相手の時間を使って考えるというのはある意味では基本という気もしますが、相手が持ち時間を使ってくれるかは運次第です。
それでも諦めなければこういうこともあるということですね。
特装版の小冊子
本編とは関係の無い未来のIFストーリーという感じですが、5巻特装版の小冊子はなかなか面白い内容になっています。
30年後の未来、空銀子と雛鶴あいが女流名跡戦で戦う話になっています。
何でメインヒロインの雛鶴あいよりも空銀子の名前を先に書いたのかといえば、これが空銀子視点の話・・というか空銀子の夢オチになっているからです。(笑)
そこに登場する雛鶴あいは女流五冠の超強豪であり、女流名跡のタイトルを持っているものの全盛期よりはかなり衰えた空銀子に挑戦する『最強の挑戦者』と目されていました。
何というかそんな夢を見るあたり空銀子は、雛鶴あいのことを今はまだ実力差はあるもののかなりの脅威に感じていることが窺えますね。
また、5巻本編で最強の挑戦者を相手に迎えた八一と、夢の中で雛鶴あいの挑戦を受けている空銀子が少しばかり重なるのが興味深いと思います。
特装版ということで今ではなかなか手に入りづらいかもしれませんが、なかなか面白いので興味があったら探してみてください。