『りゅうおうのおしごと(6)』将棋とAIの付き合い方がテーマの一冊です。(ネタバレ含む感想)
本記事は将棋ラノベの名作である『りゅうおうのおしごと!』の魅力を、ネタバレ含む感想を交えて全力でオススメするレビュー記事となります。
AIが将棋に与える影響が特徴的で、AIが育てた将棋という新しい世界を見せてくれる6巻目となります。
?
本作の概要
あらすじ(ストーリー)
八一がなんとか竜王を防衛したことで『りゅうおうのおしごと!』がタイトル詐欺にならずに済みました。(笑)
しかし、壮絶なタイトル防衛戦を制した八一は思考のオンオフが効かないようになってしまい眠れぬ夜を過ごします。
そんな八一の弟子二人。あいと天衣もついに・・というにはあまりにも早く女流棋士になりました。
大盤解説の聞き手をしてみたり、女流棋士らしいお仕事もこなします。
荒ぶって連れ帰られたあいに対して、普段はかなりつっけんどんな・・だけど割と真面目な性格な天衣が意外とうまく聞き手をこなしているのが意外だったりします。
そんな感じでメインキャラクターの立場は大きく変化したりしなかったりする6巻ですが、大きく二つのテーマがあって、それぞれのテーマの象徴として空銀子と椚創多がいるという印象があります。
それがどのようなテーマなのかといえば、一つ目は『女流棋士の挑戦』だと思います。将棋や囲碁の世界においては男性の方が優位とされていますが、そんな中で女性初の奨励会三段に挑戦する空銀子の姿が意外な内面とともに描かれています。
二つ目は将棋とAI(ソフト)との関係性。将棋にしろ囲碁にしろここ数年でAIが人間を上回っていくという事件が発生していますが、それに伴い多くの棋士の勉強の仕方にも変化が生じています。
そして、AIはただ強いだけではなく人間とは異なる感覚・・とは違うかもしれませんが、そう見える何かを持っているものです。
そんな感覚を自分のものにしていくような棋士がいたりするのも面白いですが、そもそもAIが師匠といっても過言ではない子供が登場してくるのも、未来の将棋界や囲碁界を予見させる感じがして面白いですね。
そして、6巻で最年少のプロ棋士が期待される奨励会員として登場するのが椚創多こそが、そんなAI的な発想に育てられた将棋指しとなります。
いつもの激熱な展開とは一味違うけれども非常に興味深い空銀子と椚創多の対局が最大の見所になっています。
ピックアップキャラクター
5巻が大きな区切りだったと思われる『りゅうおうのおしごと!』ですが、意外とメインで描かれる機会の少ない空銀子をはじめ、既刊で活躍していたキャラクター以外が目立ってきている印象がありました。
空銀子
(「りゅうおうのおしごと!(5巻)」より)
最強の女流棋士としてメインヒロインの雛鶴あいや夜叉神天衣の目指すべきところとして描かれているキャラクターだと思いますが、そんな空銀子の挑戦者としての一面が6巻には描かれています。
その内面が読みづらいキャラクターではありますが、女性初の奨励会三段を目前に気弱に構えてしまっている意外な一面をのぞかせます。
椚創多
(「りゅうおうのおしごと!(5巻)」より)
若干十一歳で奨励会二段の天才で、史上初の小学生プロ棋士の期待すら掛けられている逸材です。
人間とは異なるAIの将棋に育てられた世代で、まるでコンピューターのような独特な感覚を持っています。
ちなみに、6巻で初登場かと思いきや実は既刊にも八一の対局の記録係として登場していたりします。
本因坊秀埋(天辻埋)
(「りゅうおうのおしごと!(5巻)」より)
将棋のおとなり囲碁の世界で三大タイトルのひとつであり最も歴史のある本因坊を保持する女性となります。
酔うと下ネタを連発する痴女ですが、あまり人には懐かない性格の空銀子からも尊敬されています。
ネタバレ含む感想
女性の活躍
6巻には将棋のおとなり囲碁の世界のトップの一角に君臨する女性棋士。本因坊秀埋が初登場します。
本因坊秀埋というのは、本因坊のタイトルを持つ棋士が名乗る雅号で本名は天辻埋といいます。
しかし、将棋ラノベである『りゅうおうのおしごと!』にどうして囲碁棋士が、どうしてこのタイミングで登場したのか?
囲碁ファンである僕としては嬉しいところですが、その理由は気になるところ。
恐らくですが、ただ近い世界のキャラクターを登場させてみただけとか、そんな浅い理由ではないのだと推察しています。
6巻では八一の弟子二人が女流棋士になったり、空銀子は女性初の奨励会三段が目前に迫っていたりと、誤解を恐れずに言えば男性優位とされる世界で奮闘する女性が描かれていたと言えます。
そんな中で目標というか、指標になりそうな存在として近しい世界で女性でトップに立つキャラクターを登場させたということなのかと、僕はそう思っています。
例えば、空銀子にとっても将棋の世界に目標とする人物の一人や二人いるでしょうけど、その中に女性はいないのではないかと思います。
最強の女流棋士として描かれているキャラクターなので、当然といえば当然ですね。
だからそんな空銀子にとっても尊敬の対象となるような女性を登場させるなら、それは将棋以外の世界で活躍する女性である必要があったからこそ、囲碁の世界で活躍するキャラクターを登場させたということなのだと思います。
本記事でもそんな本因坊秀埋のセリフを紹介したりしてみたいのですが、その大半はGoogle先生に怒られそうなの内容なので自重しておこうと思います。下ネタが過ぎる・・っ!(笑)
酔うとそんな自重をせざるを得ないほどの下ネタを連発する本因坊秀埋ですが、囲碁ファンでなければラノベ的に誇張したキャラクター性なのだと思われるかもしれません。
しかし、そんな言動のモデルが明らかに実在のとある囲碁棋士だというところがまさに事実は小説より奇なりという感じで、こんなことでそんなことを思わせる人物が実在したというのがちょっと面白いと思います。尊敬すべき大先生なんですけどね。
いいか銀子。女というのは男よりも弱い。体力的に明らかに劣るし、長時間の対局ではそれが思考を鈍らせることにもなる。女は男より弱いんだ。その弱さを克服するには努力しかない・・強烈な努力だ
とはいえ、前後の文脈で若干台無しにしてしまっているとはいえ、将棋界の女性のトップとして男性に混じってプロ棋士になろうと努力している銀子に向かって放つセリフからは、女性ながらにトップに立った本因坊秀埋の努力が垣間見えます。
だからこそあまり人には懐かない銀子ですら尊敬しているのでしょうね。
ちなみに、「強烈な努力」というのはまさに本因坊秀埋のモデルになっているであろう藤沢秀行名誉棋聖の言葉そのもの。
藤沢秀行名誉棋聖も非常に破天荒な性格ながら多くの人に親しまれた人格者で、実は現在中国や韓国が囲碁の世界トップに立つほど成長したキッカケを作った自分つでもあるほど凄い人。
そんなキャラクターがモデルになっていると知っているからか、一見ただの痴女に見えるのに尊敬されているキャラクターというものが自然に受け入れられました。
本記事の筆者である僕が囲碁ファンということもあって本因坊秀埋のことを語りすぎてしまった感じがありますが、まあ『りゅうおうのおしごと!』をここまで本因坊秀埋に着目して読んでいる人は珍しいと思うので、こんなところに着目する人もいるんだぁ~くらいに思っていただけたら幸いです。
女流棋士になった二人のあい
6巻では『りゅうおうのおしごと!』のメインヒロインである八一の弟子二人は、将棋の対局的な意味での活躍はありません。
あいはいろんな意味で荒ぶっていましたけど。(笑)
しかし、女流棋士になった二人が棋士室デビューしたり、大盤解説の聞き手をしたり、八一に連れられて道具屋筋の碁盤・将棋盤の店で太刀盛りを見学したり、新たな世界に触れる姿が見られます。
特に4巻5巻と目立った活躍の無かった夜叉神天衣の新たな一面が見られるのは見所のひとつだと思います。
あの於鬼頭って人、今じゃ人間相手の研究会も全部辞めてソフト研究に没頭してるんでしょ? それで勝率も急上昇してるから若手も注目してるし。負けてよかったんじゃない?
お、おいっ! 何もそこまで・・
初めての聞き手をやりやすいようにと八一が気を使っているのに荒ぶるあいと比較して、意外にも天衣が聞き手の才能を発揮するのですが、最後はなかなか大きな爆弾を投下するあたりが忌憚なき子供という感じです。
へぇ・・食品サンプルを自作できるのね。ちょっと楽しそうじゃない・・
あいに比べるとかなり大人びているというか、大人ぶっているところのある天衣は、それでも今まではあまり隙を見せない感じでしたが、6巻では結構子供っぽい一面をのぞかせているのも見どころだと思います。
空銀子vs椚創多
『りゅうおうのおしごと!』が刊行されている現在はまさに囲碁や将棋の世界におけるシンギュラリティの真っただ中であると言えます。
今まではAI(ソフト)が人間に勝つのはまだまだ先のことだと言われていましたが、この数年でAIは人間に追い付く・・どころか一足飛びに追い越していきました。
それは囲碁や将棋の世界の在り方そのものに大きな影響を与えています。
将棋でいえばAI(ソフト)を使ったカンニングの問題が広く話題になったりしていましたね。
僕は囲碁ファンなので囲碁の世界の動向の方が詳しいですが、AI(ソフト)の影響が随所に現れていることは間違いありません。
対局内容そのものに影響を与えているのはもちろん、AI(ソフト)を使って検討するプロ棋士の先生方が例えばニコ生の放送などに映し出される姿にも既に慣れ始めています。
形成判断に今までとは違う『勝率』という概念が持ち込まれ始めているのもAI(ソフト)の影響ですね。
・・とまあ、これは囲碁の世界の話ですが将棋の世界でも似たようなことが起きているのだと認識しています。
とはいえ、こういう変化が数年の短期間の間に起きることはそこまで意外なことではありません。
ターニングポイントというか、どんな世界でも急激な変化が起こるタイミングというのはあるものだと思うからです。
しかし、ジワジワとした変化もあるはず。そして、この場合のジワジワとした部分といえば大きく変わった世界で育った子供の存在です。
人間よりも強くなったAI(ソフト)の感覚を幼い子供の頃に身に着けることができた世代の台頭が、将棋や囲碁の世界における未来への大きな関心どころのひとつであることは間違いありません。
前置きが長くなりましたが、6巻でそんな世代の最初の子供として描かれていたのが椚創多だったのだと思います。
既存の感覚とは全く異なる天才。
例えば、脳内に映し出せる将棋盤の数が才能のバロメーターになるみたいなことを八一が過去に言っていて、それに当てはめれば十一面もの将棋盤が脳内にあるあいは天才もいいところなのだと思いますが、意外にも最年少でプロ棋士になることすら期待される天才の椚創多には脳内に将棋盤は見えないようです。
ぼくは頭の中に将棋盤なんてありません。全て符号で思考しますから
その代わりにあるのは盤面ではなく符号。
AI(ソフト)の影響を受けているどころか、AI(ソフト)そのものといっても過言ではないほどの特殊な感覚を持っているのが椚創多となります。
恐らくですが、こういう感覚が特殊ではなく普通になるような時代も、現実にやってくるのかもしれませんね。
椚創多はそういう未来を予見させるようなキャラクターなのだと思います。
そして、今回は空銀子が勝利して史上初の女性の奨励会三段になったものの、どう考えても実力は椚創多の方が上で、勝利した空銀子自身が最もそれを自覚してしまっているのが印象的でした。
空銀子と椚創多の対局は、今まで『りゅうおうのおしごと!』で描かれたことのある対局の中でもかなり独特な決着の仕方を迎えます。
追いつめられている空銀子が時間に追われて適当に指してしまった手。
銀子自身それで終わったと思った手なのですが、それがたまたま逆転に繋がる好手になっていたようです。
それだけなら指運というか、ままあることなのかもしれません。
しかし、ここで面白いのが銀子が自らの好手に気付いた理由なのです。
その理由とは、銀子に指された手を見て椚創多の方が動揺してしまったから。
椚創多の方が強く、手が読めるがゆえに銀子自身も気付かなかった好手に気付いてしまい、気付いてしまったが故にそれが銀子に伝わってしまった。
もしかしたら椚創多の方も銀子の好手に気付いていなかったら、銀子の心は折れて何を指されても投了していたかもしれません。
しかし、椚創多が自らの詰みに気付いてしまったが故に、つまり椚創多が強かったが故に銀子は格上である椚創多に勝利できたのです。
そういう結末は確かに現実にもありそうなものですが、銀子からしてみれば試合に勝って勝負に負けたようなもの。
勝利はしたものの来たる三段リーグに向けては不安を残す結果となりました。