『響け!ユーフォニアム 決意の最終楽章(上)』劇場版公開に合わせて待望の新刊発売!(感想とネタバレ)
前巻から約2年。
待ちに待った『響け!ユーフォニアム』の最新巻が劇場版『誓いのフィナーレ』の公開に合わせて発売しました!
実は、『響け!ユーフォニアム』のファーストシリーズを読んだ時は、面白いとは思うもののそこまで熱狂するほどではないという感想を持っていました。
しかし、劇場版『誓いのフィナーレ』の原作となる前作『波乱の第二楽章』があまりにも名作だったため、いつの間にか続編を心待ちにするような気持になっていました。
それだけに今回の新巻発売は、今までの『響け!ユーフォニアム』シリーズの発売時よりも嬉しく思いました。
ところで、『響け!ユーフォニアム』という作品はエンターテイメントであってエンターテイメントではない部分がある作品なのだと思います。
吹奏楽に打ち込む青春ものではありますが・・
・・というように、どの大会まで勝ち進むのかという違いがあるもののファーストシリーズ も『波乱の第二楽章』もストーリーの根幹は全く同じですし、読まなくても『決意の最終楽章』も同じであることは容易に想像がつきます。
しかも、基本的には練習して大会で演奏することの繰り返しでしかない。
そんな風に考えてみると、あまりエンターテイメント性の高い作品だとは思えませんよね?
未読の人にこんな説明をすると『響け!ユーフォニアム』という作品には興味を持ってもらえないかもしれません。
しかし、既読の人は分かるはず。
『響け!ユーフォニアム』は明らかに面白い作品であると。
それは何故なのか?
考えてみれば、小笠原晴香が部長だったファーストシリーズと吉川優子が部長だった『波乱の第二楽章』では、1年間の流れ自体はほとんど同じであるものの描かれている人間関係や問題は全く違うものでした。
その証拠に僕の場合、ファーストシリーズでは「まあ面白い作品」という感想どまりだったのに『波乱の第二楽章』では「凄い名作!」という感想になっていたりと、ストーリーの根本がほとんど同じであるにも関わらず、それぞれの作品に対する感想は全く別物になっています。
そして、作中の登場人物にとっては重要な大会ですが、実は『響け!ユーフォニアム』という作品においては実のところそこまで重要ではありません。
もっというと題材が吹奏楽である必要性すらないのかもしれません。
その証拠に京都府大会まで描かれる『決意の最終楽章』の上巻でしたが、肝心の演奏シーンはカットされています。
北宇治高校吹奏楽部の部員たちは「結果」を重視しています。
しかし、『響け!ユーフォニアム』という作品は、そんな「結果」を求める登場人物たちの人間関係や青春といった「過程」を描いている作品なのだと思います。
だから演奏シーンは重要ではないし、描かれているのは「結果」を求める人間なのでその題材が吹奏楽である必要も無いし、ストーリーの根本が同じでも違った作品になり、面白く感じられるのだと思います。
そういうわけだから『決意の最終楽章』も読む前から大体のストーリーは予想できているのに、一体何が起きるんだろうというワクワク感がある。
『波乱の第二楽章』では頼れる黄前相談所だった黄前久美子が部長を務める新体制の吹奏楽部がどう動いていくのか?
予想通りのストーリーを飽きずに読み進めることができる名作でした。
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本作の概要
ファーストシーズン時には初々しい新入生だった主人公の黄前久美子も3年生となりました。
黄前久美子が部長を務め、幼馴染の塚本秀一が副部長。そして親友の高坂麗奈がドラムメジャーという新体制で北宇治高校吹奏楽部が始動します。
久石奏は相変わらずで、癖のある新入生も登場し、そして何より気になるのは強豪・清良女子からの転入生でユーフォニアムを担当する黒江真由。
まっさらな新入生ならまだしも3年生でありながら他の部員とは違った価値観を持っていそうな黒江真由の存在が、どのような問題を巻き起こすのかが気になるところですね。
上巻時点では何となく不穏な空気ができ始めていたのみにとどまりますが、下巻で何が起きるのかが楽しみです。
本作の見所
新体制の北宇治高校吹奏楽部
黄前久美子を始めとする主人公周りのキャラクターたちが最上級生となり、部長に副部長、ドラムメジャーと責任ある役職を務めるようになりました。
新入生時と2年生時でももちろん大なり小なりの違いはあるのですが、やっぱり責任ある立場から見える景色というものは今までとは違うものです。
だからなのか、主人公・黄前久美子を通して見える北宇治高校吹奏楽部も今までと違って見えます。
そしてそれは視点の違いだけではなく、実際に新体制の北宇治高校吹奏楽部は今までとは違うものになっています。
こういうフィクション作品においては徐々に成績を上げていくサクセスストーリーが常道ですが、『波乱の第二楽章』ではファーストシーズン時には勝ち進めた全国大会に勝ち進めていませんでした。
それだけに、その悔しさを経験した部員たちはより全国大会金賞に向けて決意を新たにしています。
練習は以前以上に厳しくなり、オーディションも大会ごとにその時点でのベストメンバーを選ぶようになって、上巻では京都府大会のオーディションまででしたが競争も激化しそうな予感です。
まさにサブタイトルの『決意の最終楽章』の通りですね。
しかし、その熱量やスタンスには立場によって違いがあります。
1年生の頃から顧問の滝の指導を受けていて、滝を神聖視している3年生。
3年生ほど滝を信じられているわけではないが、全国大会に進めなかった同じ悔しさを共有する2年生。
なかなか同じ熱量をぶつけるには神経を使う1年生。
加えて、強豪校から転校してきた3年生。
そんな立場も考えも違う部員たちを取りまとめるのに四苦八苦している黄前久美子が本書の最大の見どころであることは間違いないと思います。
進路の話
黄前久美子も3年生。
部長とはいえ吹奏楽部のことばかりを考えてはいられません。
高坂麗奈のように1年生の頃から自分の進路に明確な親友を側に見て焦りが大きくなってきています。
「人生なんてものは、設計図どおりにはいかないものだ。未来を空想するのもいいが、机上で考えるよりも実際に足を踏み出したほうが得るものが多いこともある。黄前はやや考えすぎるきらいがあるな。それが悪いとは言わないが」
黄前久美子から見た時に、厳格で真面目な印象の副顧問。松本美知恵のセリフです。
黄前久美子は松本美知恵のことをかなり立派な大人だと思っているようで職業もしっかり考えているのだろうと考えていたのでしょうが、松本美知恵が教師になった理由は「安定しているから」という何とも微妙なもの。
高坂麗奈のような明確なビジョンを持って教師になったわけではありません。
意外とそんなもので、どんなに立派に見える人でもそのほとんどの最初の一歩に明確な理由があることは稀なのだと僕も思います。
だけど真面目な人ほど深く考えすぎてしまう。
黄前久美子が陥っている悩みも、まさにそういう考えすぎなんですよね。
ちなみに、僕は小学生の頃には明確なビジョンがありましたよ。
とりあえず大学には進学して先延ばしにするという明確なビジョンがね。(笑)
いずれにしても、黄前久美子が進路に悩んでいるのは事実で、吹奏楽部の部長としての活動とどう両立していくのか。
その辺が下巻でどうなっていくのかが気になるところです。
厳しい練習と新入生
『波乱の第二楽章』時に新入生だった久石奏ほどの曲者は今回の新入生にはいなさそうな雰囲気です。
今年ことは全国大会金賞を取る。
そんな目標に対する熱量は、どうしても立場によって違ってきます。
特に高坂麗奈による厳しい指導は、1年生たちの精神を蝕んでいきます。
そんなことを言えば高坂麗奈が悪者っぽいですが、高坂麗奈は高坂麗奈で必死なのでそこは仕方がないでしょう。
何より全国大会金賞の目標は部員全員で決めたことですからね。
とはいえ、熱量のある部員が耐えられる練習でも、初心者の1年生にはなかなか辛いものです。
今までの黄前久美子はそういう問題に直面したとしても、気にはしつつもそこに責任はありませんでした。
しかし、『決意の最終楽章』での黄前久美子は部長として責任ある立場です。
今まで以上に内心が穏やかじゃない黄前久美子にも注目ですね。
緊張のオーディション
今回のオーディションは、ファーストシーズンのトランペットソロを巡った波乱や、『波乱の第二楽章』の久石奏が部内の空気を壊さないように手を抜いた演奏をしてしまったりしたのに比べたら、緊張感はあったものの特に大きな事件が起きたわけではありません。
しかし、先への不安を匂わせるようなオーディションではあったと思います。
チューバのAメンバー。鈴木さつきではなく初心者の釜屋すずめが選ばれたことに吹奏楽部員たちはざわつきます。
実力的に誰もがAメンバーは鈴木さつきなのではないかと思っていたからですね。
ずっと実力主義を謳ってきた北宇治高校吹奏楽部の中でのことなので、黄前久美子の中にも顧問の滝に対する僅かな疑念が生じています。
失礼を承知で直接滝に問いかけたりしているのが疑念を抱いている証拠ですね。
滝の言い分は、確かに技術的には鈴木さつきの方が格上だが、全体のバランスを見た時に大きな音を出せる釜屋すずめの方が良いという判断だったようです。
そういえば高坂麗奈が部員による匿名演奏のオーディションを蹴る理由として全体のバランスを考慮したらやっぱり滝一人に見てもらった方が良いと言っていましたが、まさに高坂麗奈の意図が反映された形でのオーディション結果だったわけですね。
とはいえ、完全実力主義には納得している部員たちですが、合理的な理由があるとはいえ実力通りではないオーディション結果。しかもその理由が説明されているわけではないとあっては、何かしら問題が起きそうな予感がありますね。
川島緑輝の動物に例えるシリーズ
黄前久美子がタヌキに例えられたり、川島緑輝は『波乱の第二楽章』で周囲にいる部員を動物に例えていました。
当たらずとも遠からずなイメージでなかなか面白いのですが、転校生の黒江真由をクラゲに例えたところが示唆に富んでます。
「遠目で見てる分には綺麗でただ流されているようにも見えるけど、うっかり刺されたらピリッと痛い。ほら、真由ちゃんにぴったり!」
この例えは合っていないと黄前久美子は感じているようですが、人の裏側というか、本質を見抜くのに聡い久石奏は「人を良く見ている」と川島緑輝を称賛しています。
確かに、初登場時から普通に良い子に見えるものの独特のマイペースさを持っている黒江真由からは、何かしらの波乱を巻き起こす要因になりそうな気配がプンプンと匂ってきていますね。
黄前久美子も合っていないと言いつつ、節目節目では何かしら黒江真由から感じ取っている様子もあります。
オーディションでソリを勝ち取った黄前久美子でしたが、最初はオーディションの辞退まで考えている風だったのに、次のオーディションに備えてソリパートの練習をしていたり、黄前久美子にとっては心穏やかにいられなさそうな状況になってきているような気がします。
総括
いかがでしたでしょうか?
前書きで散々本書の発売を楽しみにしていたことを語りましたが、実は一方で一つだけ心待ち度を下げる要因が僕にはありました。
というのも、『響け!ユーフォニアム』という作品において僕が最も好きなキャラクターを3人だけ上げるとしたら、吉川優子、鎧塚みぞれ、中川夏紀となり、つまりは『波乱の第二楽章』時に3年生だった部員たちになるからです。
「もう卒業しちゃっていないじゃん!」というのが心待ち度を下げていた理由なのですね。
しかし、『決意の最終楽章』の上巻の読後、やっぱり『響け!ユーフォニアム』って面白いと素直に思いました。
残念ながら『決意の最終楽章』の上巻には卒業生たちは登場しませんでしたが、主人公でありながら今までどちらかといえば語り部の主人公よりだった黄前久美子が、まさに主人公らしい立ち位置にいる作品になっていて、「ああこれで最後なんだな」って感じがひしひしと伝わってくるのが興味深かったです。
『波乱の第二楽章』では鎧塚みぞれや久石奏。
そんな物語の中心にいるキャラクターを読者に伝える語り部だった黄前久美子。
しかし、『決意の最終楽章』では完全に物語の中心にいます。
今まで強豪校に育ちつつも上位まで勝ち進むことはなかなかできていない北宇治高校吹奏楽部ですが、『決意の最終楽章』ではタイトル通り全国大会金賞を目指して今まで以上に自分たちに厳しくなっていて決意めいたものを確かに感じます。
上巻では自信と不安の両方を抱えつつ京都府大会まで勝ち進みました。
まあ、恐らく最後に全国大会で金賞を取ってハッピーエンドという結末は予想されますが、それなのに何が起きるのかというワクワク感があるのが凄いですよね。
そして、できれば僕の好きな卒業生たちに登場してほしいなぁ~という想いもあったりします。(笑)