『ガンバ!Fly high(9)』やっぱり体操の新技って盛り上がりますよね(ネタバレ含む感想)
この9巻は『ガンバ!Fly high』にとって一つの転換点なのではないかと思います。
アンドレアノフも認める藤巻駿の鉄棒の新技の完成。
補助として活躍の場が増えていく上野。
相楽まり子が復帰する高校生編の始まり。
そんな節目らしいエピソードが9巻近辺に集中しているのです。
やっぱり、国際的に認められれば自分の名前が冠されることにもなるオリジナル技の完成が盛り上がることは言うまでもありませんし、もともと個性的な演技の平成学園の中にあっても究極の個性であるとも言えるでしょう。
そして、それを機に補助として上野良夫の活躍の場が増していくのも興味深いところです。
何より中学生から高校生への進級は分かりやすい転換点ではありますが、そのタイミングでメインヒロイン相楽まり子を再登場させたのも憎い演出です。
巻数的にも丁度中間地点くらいのはずで、僕は『ガンバ!Fly high』のことをこの転換点の前後で違った魅力のある作品なのではないかと思っています。
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本作の概要
新技に傾倒して基本を疎かにしてしまったことでアンドレアノフの怒りを買った平成学園の男子体操部でしたが、全員の新技への情熱とアンドレアノフの考案した基礎練習の両方を大事にしようという上野の頑張りによってアンドレアノフの怒りは解けました。
そして、せっかくだからと発表した藤巻駿の新技はそんなアンドレアノフの度肝を抜くもので、アンドレアノフが藤巻駿に示したのは怒りではなく尊敬の念でした。
そして時を経て、高校生になり体操選手としてもステップアップを見せた藤巻駿たちによる新章が開幕します。
本作の見所
トカチェフ前宙
藤巻駿と上野良夫によるトカチェフ前宙の完成。
それは『ガンバ!Fly high』の作中でも屈指の名エピソードですよね。
どうやら演技会で発表する時点では未完成だったらしい新技を、恐らくはチームのために頑張った上野にも報いるためにその場で完成させるという流れが素晴らしい。
「決めてみせるよ!! あの技は、上野クンと一緒に創った、ボク達「二人の技」だもん!」
藤巻駿のこのセリフからも、上野に触発されたらしいことが窺えますね。
いつもは楽しそうに鉄棒をしている藤巻駿が、高難度の新技を初めて決めることによる緊張で固くなっているのが珍しい描写でしたが、これがむしろ新技への期待を高めているのが面白いところですよね。
「この技は現在まで誰もやった事がないのはもちろんだが、おそらく世界でこの技が出来るのも駿ただ一人だけだろう・・。信じられない・・中学生がやってしまうなんて・・。どうか・・握手をして欲しい・・。ひょっとして君のその背中には・・見えない翼が生えているのかい?」
名セリフですが、アンドレアノフの藤巻駿への最大の賛辞ですね。
国際的に認められる見込みのある新技が完成しているという事実は、体操界においても相当に大きなニュースであることは間違いありませんが、そうは言っても中学二年生であるこの時点の藤巻駿にそれを発表する機会はありません。
だからなのか、いつも登場する記者たちもその一大ニュースを軽々しく記事にしようとはせず、しかしその発表の時がいつか来ることを確信しているかのように、その時には自身が感動的な記事を書くことを宣言しています。
この一連の流れ、たった1話の中に収められたエピソードでしかないのですが、作中でも屈指の1話であることは間違いないのではないでしょうか?
そして、藤巻駿はトカチェフ前宙以外にも新技を決める展開が後にもあるものの、このトカチェフ前宙こそが藤巻駿の代名詞的な技になっていくこともまた同意を得られることなのではないかと思います。
相楽まり子との再会
新技の紹介に畳みかけるように相楽まり子との再会のエピソードに突入します。
中学二年生から一気に高校生にステップアップですね。
福井で行われた全国大会での再会シーンも感動的ではあったものの「久しぶり!」って感じのある意味では普通の再会でした。
しかし、再び同じ学校に通うことになる再会シーンはもっと感慨深いものがあります。
「あのう・・体操部の方ですよね? もしよかったら・・私に逆上がり教えてくれません?」
「い・・いいとも、カンタンさ! 要は、こんな事出来るさって自信を持つ事なんだ!」
三バカ達が色々な再会を演出しようと画策していましたが、どんな演出も思い出には勝てないと思わされる感動的な再会シーンですね。
まあ、二人の馴れ初めを知らなければ何言ってんだコイツらって感じなのですけど、つまりは相楽まり子が最初に藤巻駿に声を掛けたセリフの焼き直しなのです。
そして、それに対する藤巻駿の返しがまたそんな相楽まり子に鉄棒を教えている時のセリフの焼き直しなのですね。
全く同じセリフを使っているわけですが、だからこそ生まれた感動的な再会シーンという感じでとても素敵に感じられます。
というか、お互いにお互いの些細な言葉を覚えていることを認識しあえたわけで、これは凄く嬉しいことでしょうね。
「私に自信を初めてくれたの藤巻クンだよ・・。もう一度くれますか!?」
「何度だってあげるさ!! だって仲間じゃないか!!」
それに対して付け足されたやり取りがこちらです。
かなり大人っぽくなったものの、処世術に長けた猫かぶり少女だったはずの相楽まり子が感じたみんなと再会することへの恐怖心。これは藤巻駿に限らず他の体操部員たちのこともそれだけ大切な仲間だと感じているからこそのものだと思いますが、そんな相楽まり子に自信と勇気を与えて安心させる最高のシーンだったと思います。
ちなみに、このセリフの時に藤巻駿は逆上がりを決めています。
以前、相楽まり子が初めて逆上がりを成功させたシーンの時にも言及しましたが、体操漫画なのにたかだか逆上がりを決めているシーンが指折りの名シーンになっているのが素敵すぎますよね。
補助のスペシャリスト
藤巻駿たちが高校生になって最初の大会はインターハイ地区予選となりました。
今度は一体どんなことがあるのかと思いきや、これまた『ガンバ!Fly high』にしては珍しい喧嘩騒ぎです。(笑)
以前も柳沢との空気椅子合戦みたいなのがありましたが、あれは喧嘩と言ってもまだまだ可愛らしい類のものでしたし、殴る蹴るの喧嘩なんて初めてのことですし、しかもその当事者が上野だというのが意外すぎる展開。
まあ、この喧嘩が上野の補助としての凄さを強調していくような展開になっていくのが面白いところです。
平成学園の男子体操部はスペシャリスト集団です。
藤巻駿の鉄棒を筆頭に、跳馬の内田、床の真田、つり輪の東に平行棒の新堂。そして、新技の演技会のエピソードの流れで上野があん馬のスペシャリストになっていくとかでも面白かったような気がするのですが、まさかの補助という展開ですからね。いや、まさかというか、らしいような気もしますね。
選手以外の重要な役割としてコーチが登場するのは分からなくもありませんが、補助というのは素人目には盲点となる役割で、しかし言われてみれば非常に重要な役割だということも分かるところです。
さすがは元体操選手が原作者の作品なだけあって、発想が面白いですね。
そんな補助の道に上野が進んでいくというのはキャラクター性に合っているような気がしますし、視点が変わったかのような新鮮さがあって面白いです。
演技をした本人より補助をした上野の方が目立っているし活躍しているように感じられる珍しい展開に注目ですし、高原万由美が上野を見る目が変わっていくところも気になるところですね。
アジア大会の選考会
さて、この辺のエピソードから藤巻駿たちの立つステージが一気に上がった印象があります。なにせ、ジュニアではない一般の大会でアジア大会に出場する権利を得られるかもしれない大会に出場しているわけですからね。
15歳から20歳までの若手の中からメンバーを選ぶ枠があるわけなのですが、大半は大学生が出場している中でのことなので高校一年生の藤巻駿にはいささかハードルの高い大会であることは間違いないでしょう。
実際、インターハイの地区予選では周囲を驚かせた伸身ムーンサルトも、その技が出来るというだけではインパクトは薄いようですね。
実際、藤巻駿に関しては勝ちに行くというよりは単純に技を楽しんでいる節があって、床の演技でも体力的にツライ高難度技を繰り返して大失敗の大転倒をやらかしてしまっています・・が、全く応えた様子もなくただただ楽しそうです。
考えてみれば、今までの大会や試合は楽しい体操を謳ってはいても状況的に廃部だったりコーチのクビだったり、プレッシャーのかかる何かしらが存在している状況が多かったので、この床の演技はそういうプレッシャーの全てから解放された藤巻駿の演技ということになるのかもしれませんね。
しかし、どうやらこの大会もアジア大会の出場権を賭けたものという以外の意味もあるようで、最後の最後に東が発した引退を仄めかすセリフが試合展開にどう影響していくのかが気になるところです。
総括
いかがでしたでしょうか?
新技の完成を契機に、中学三年生はすっ飛ばして藤巻駿たちはみんな高校生になりました。
上野も補助師としての地位を確立しつつありますし、作中における藤巻駿たちの体操選手としてのステージが上がったという印象ですね。
メインヒロインの相楽まり子も復活しましたし、高校生になったことでラブコメ的な要素もステップアップしているのにも注目です。
しかし、転換期というものは必ずしもプラスのイベントだけではありません。
9巻ラストでは三バカの一人である東が引退を仄めかすセリフを発しています。
なぜ東は引退しようとしているのか?
そして、それを聞いた他の選手たちの反応はどのようなものになるのか?
その辺が次の10巻の見所になってきますし、それはそれとしてアジア大会のメンバーに選ばれるのは一体誰なのかも気になるところです。
『ガンバ!Fly high』という作品は、基本的に練習・試合・日常パートの繰り返しになっていて、それだけ聞くとマンネリ化していきそうなものですが、毎度何かしらのドラマや驚きが織り込まれていて、全く飽きることなく続きを読んでいけるのが素晴らしいところですね。